爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「人類冬眠計画」砂川玄志郎著

SF小説では「人工冬眠」で眠っている乗員を乗せて宇宙船がはるばる彼方の星へ向かうという光景が描かれることも普通ですが、実際には人間を冬眠させるということは今はできません。

 

著者の砂川さんは医者になって最初は小児科の臨床医として重病の患者さんを相手にしてきたのですが、全身麻酔の状況などを見て徐々に冬眠状態というものの価値を考えるようになり、冬眠と言う現象の研究を始めるようになったそうです。

 

冬眠をする生物は多く知られており、リスやクマといったものも冬眠すると言われていますが、霊長類の仲間であるマダガスカルにすむフトオコビトキツネザルというキツネザルの一種も間違いなく冬眠をするということが発見されました。

著者は冬眠というものを様々な方向から考え、ゆくゆくは人類の冬眠ということも現実化したいという思いで研究を続けています。

 

この本ではそういった著者の研究の実施過程をも振り返り、冬眠とは何か、そして人類を冬眠させるためには何を解明していかなければならないかを説明していきます。

 

冬眠中は体温がかなり低下するのですが、そればかりでなく代謝も低下します。

つまり酸素要求量も低下するということです。

冬眠をしない人間などでは酸素が足りなくなったら即死亡となります。

また体温も下がってくると死亡することとなります。

冬眠をする動物ではこのような状態に陥っても再び回復し何もなかったように動き回ります。

その差はどこにあるのか。

 

冬眠する動物がいるということ自体は古代ギリシャアリストテレスも気づいていました。

しかし冬眠現象というものが何なのかということを研究するのは19世紀になってからでした。

それから何十年もかけて徐々に冬眠時の状態を研究するようになり、1950年代には冬眠動物の心電図、脳波、酸素消費量、体温も計測されるようになります。

しかし冬眠と言うものの研究にとっては冬眠自体の性質によって大きなネックがあります。

冬眠研究のほとんどは自然に冬眠した動物を観察する研究だけであり、他の自然科学研究で重要な「摂動」つまり対象動物に何らかの手を加えてその反応を見るという研究はありません。

冬眠動物でもその冬眠を誘発するということはできていません。

つまり自然に冬眠に入るのを待ってその観察をするという程度のことしかできていませんでした。

 

冬眠動物といって思い出すのは、クマ、リス、コウモリなどですが、これらの動物はどれも入手し飼育するということが困難です。

しかも遺伝子の状況がまだよく分かっておらず、その解析も難しい状況です。

こういった中から、著者たちはマウスを実験用に使うこととなります。

マウスは言うまでもなく冬眠をすることはないのですが、冬眠ではなく1日に何回も短時間の休眠をしています。

そこでその性質を利用し冬眠研究に使えるのではないかと考えたわけです。

さまざまの方向から研究は進められていますが、2017年に同じような研究をしている筑波大学の櫻井氏により視床下部の特定の神経を刺激することにより数日間低体温状態になるマウスが発見され、研究の進展が期待されるということです。

 

著者はいずれは人類も人工冬眠ができるようにしたいという望みを持って研究を続けています。

人工冬眠ができれば、医療の分野ではこれまで助からなかった患者の救命ができることが期待されます。

また、冒頭の例のように長期間飛行する宇宙船での利用もあり得るかもしれません。

しかし、人工冬眠には人類の時間の概念も変える可能性もあり、また倫理観や人権といった方面でも大きな影響が考えられます。

正負両方の影響があり得ますが、それでも目標に向かって研究を進める意志には感服します。