爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ふたつの故宮博物院」野嶋剛著

故宮といえば中国の昔の王朝の宮殿ということですが、故宮博物院とは清王朝紫禁城に旧王朝の文物を収めたところを言います。

しかし、現在は故宮博物院といえば台湾の台北の「国立故宮博物院」、中国北京の「故宮博物院」の2つが存在します。

 

これには、日本軍の中国侵略と、その後の国民党政府と共産党との内戦、そして共産党勝利直前の蒋介石の台湾入りという歴史が関わっています。

 

双方の故宮博物院の収蔵品は、明王朝以前の古いものも相当数ありますが、圧倒的に多いのは清王朝のものです。

これは最後の清王朝の皇帝のコレクションであったという理由によります。

 

しかし、ラストエンペラー溥儀の時に清王朝は終わり、中華民国となるのですが、そのときにその膨大なコレクションも様々な理由で流出していきました。

これには、管理すべき役人みずからが横領したという例もあり、溥儀自身が売却したり外国への賄賂としたりということもあったようです。

 

それを何とか抑えて紫禁城にあるコレクションを故宮博物院として守る体制をとったのが、1925年でした。

しかし、その後すぐの1931年には柳条湖事件が発生、続いて中国侵略の日本軍が押し寄せてきます。

それに危機感を覚えた中華民国政府は故宮博物院の文物を疎開させることにします。

 

選りすぐりの名品を箱詰めし、2万箱あまりとしてまずは南京に送りました。

しかし、1937年に盧溝橋事件勃発、日本軍と中国の国民政府軍は戦争状態に入ります。

南京に疎開した貴重品はさらに奥地へと避難することとなります。

南京の陥落寸前に間一髪で逃れた品物は漢口へ、さらに西安へと逃れ、最後は四川省の蛾眉までたどり着き、そこで日本降伏を迎えました。

貴重品はその後1947年に南京まで帰還することができました。

 

しかし、そこで今度は国共内戦が勃発します。

国民政府は徐々に押しまくられ、最後は台湾に逃れるのですが、その直前に南京にある故宮博物院の文物を台湾に持っていくということを蒋介石は決断します。

この時の蒋介石の思いと言うものは、よく分かっていないようです。

中華民族5000年の歴史を収めた貴重品を手にしているということが、中国の政権の正当性につながると考えたのかどうか、著者はその経緯を知る人を訪ねたり、蒋介石の日記を当たったりしますが、はっきりしませんでした。

 

台湾に運ばれたのは、3度の航海で計2972箱、数は少ないものの選りすぐった名品ばかりでした。

しかし、中華民国政府はそれをすぐに台北に安置し公開しようとは思わなかったようです。

なにより、すぐにでも大陸に反攻し共産党政権を倒すつもりでした。

それは不可能ということになったのですが、故宮博物院台北に作ることで中華民国の正当性をアピールするという思いもあり建設しました。

 

台湾は今でも国民党と民進党の二大政党が政争を繰り広げていますが、アメリカや日本のようにほんの些細な違いしか無い二大政党と異なり台湾の二大政党はかけ離れた内容の性質を持っています。

国民党は中国から逃れてきたままの政党で、支持者にも中国出身者(外省人)が多く、中国統一を第一に考えます。しかし、民進党は台湾独自の政策を主とし台湾独立という目標を持っています。

 

故宮博物院の扱いと言う点でも、この2政党は大きな差があり、国民党は中華文化の最も優れた文物を守るという方向で進めるのに対し、民進党は中華というものにこだわらずアジア文化を広くとらえるという立場になりがちです。

故宮博物院をめぐる動きも、この2党の政権交代で大きく揺れてきました。

 

北京の故宮博物院は、最初のうちは台北に送られた一級品の残り物のように言われてきたのですが、その後多くの発見、外国からの返還等で優れた文物を入手し、収蔵品も充実してきています。

また、何よりもその会場が紫禁城という、新王朝時代の宮廷そのものであり、建物自体が一級品ということはあります。

ただし、現在の状況はあまりにも紫禁城の面積が広すぎ見て回るにも何十分も歩かなければならないというようなものだそうです。

 

将来の故宮博物院がどうなるのか、始めの台北の博物院設立の経緯はあくまでも緊急避難ですので、いずれは北京に統一すべきものなのでしょう。

ただし、それが政治的にも統一の結果となるかといえばそれはすぐにはなし得ないでしょう。

できれば平和的に統一ということになって欲しいものです。

 

ふたつの故宮博物院 (新潮選書)

ふたつの故宮博物院 (新潮選書)