国立医薬品食品衛生研究所の室長さんで、「食品安全blog」という有名なサイトをほぼ毎日更新されているという、畝山さんが健康食品に関する本を出版されたという話はかなり以前に聞きましたし、他のところで多数の書評が書かれているのを見て早く読みたいものと思っていました。
たまたまいつもの市立図書館の蔵書検索をしたところ、なんと所蔵ということだったので借りだして読むことができました。まあ本来は購入しても良いくらいの本ではあるのですが。
ざっと読んだところの感想は、やはりちょっと硬いかなという感じです。内容は極めて正確であり隙の無いように書かれていますが、この問題点について詳しい人には非常に良い知識源となり参考になるものの、一般の人にとっては書かれている内容がかなり高度であり理解し難いのではないかと感じます。
とはいえ、この内容を誰にも分かりやすくしかも細部まで間違いないように書くということはおそらく不可能でしょう。となれば、正確な情報を出してくれるという方が社会にとっての価値は高いというべきでしょう。
本は最初に「医薬品において有効性・安全性はどのように調べられているか」という点から説かれています。
医薬品でも副作用というものが頻繁に発生していることから、これらの点がいい加減に為されているかのような印象が一般にはあるかもしれませんが、出来る限りの試験がされて使用に至っているのは確かであり、かえって社会的には販売認可までの時間が掛かり過ぎることが批判されている状況です。
一方、食品の安全性という点を見るとほとんど成分的には考えられていないというべきでしょう。
微生物汚染による食中毒対策などはかろうじて実施されてはいますが、それも十分ではありません。
HACCEPも海外では取り組まれているものの、日本国内ではほとんど対応されていないのが実情です。
そして、いわゆる「健康食品」もこの点に関してはまったく食品と同様です。
いくら、カプセルや粉末など医薬品を模した形状であっても食品としての扱いしかされていません。
著者が書かれているように、「食品の安全問題として常に名指しされる食品添加物や残留農薬に比べると圧倒的にリスクが高い健康食品を一般の人たちがほとんど警戒していないのはとても不思議」なことです。
「同じ物質であっても食品添加物と表示されれば微量でも恐ろしいものとみなし、サプリメントと表示されればたくさん使ったほうがいいような気がする」人たちが多いのが事実です。
これまでもれっきとした食品で健康被害が発生した事例が数多くあります。
著者は、スギヒラタケ、スターフルーツ、アマメシバなどを解説していますが、おそらく普通の人が意外に感じるのが「ウコン」と「昆布」でしょう。
この2例は特に日本で健康被害が多く発生しているものですが、たいていの人はこれらを「健康によい」と考えているのではないでしょうか。
しかし、ウコンは肝機能障害の報告がありますし、昆布は甲状腺機能に傷害を与えることがあるそうです。
次に、これら食品と健康食品等についての各国の規制の比較がされています。
日本では基本的には医薬品に分類されるもの以外は食品とされています。
EUではビタミン・ミネラルは食品ですが食品サプリメント規制というものがかけられ基準が定められています。さらに伝統的ハーブ製品は登録制としました。
ハーブ製品でも医薬品としての認可を受けたものは医薬品として扱われます。
アメリカの場合はダイエタリー・サプリメントという世界でも特殊な制度を作っています。
食品でも医薬品でもない、「ダイエタリーサプリメント」と表示されているものが存在します。
これらの安全性や効力はその製造業者が根拠を持っていればよく、アメリカ食品医薬局(FDA)はまったく関与しません。
医薬品と食品についてはFDAに権限と責任があるのと比べて特殊な取り扱いになっています。
これはサプリメント業界からの強力なロビー活動により成立した法律に基づくものですが、その影響はかなり危険なものも含むようになっているようです。
このように各国で異なる制度のもとに健康食品は流通しているわけですが、ここで著者は「イチョウ葉」がどのように扱われているかを例にとって説明しています。
欧州ではイチョウ葉をハーブ医薬品として使っている国がありますが、あくまでも抽出したものから有害物を除き有効成分量を調整した薬品として使用されています。
しかし、日本では健康食品としてイチョウ葉をそのまま錠剤・カプセル・粉末等として販売されており、それを飲んだ人に健康被害(皮膚障害)などが発生しています。
アメリカではダイエタリー・サプリメントとして販売されているものがありますが、その内容は業者任せであり、中には分析してもイチョウ葉成分がまったく含まれていないものもあるようです。
またイチョウ葉には発がん性が確認されていますが、もしも食品添加物にしようとしてもまず認可はおりません。しかし食品として日本で販売されればそれを止めることはできません。アメリカではダイエタリー・サプリメントとして販売はできることになります。
このように極めて異様な規制体制になっているわけです。
著者がある地方での食品安全性についての一般講演会に出た時に、聴衆の一人の女性が「食品添加物は安全だと言われても信用出来ないから避けてきたが、認知症が心配なのでイチョウサプリメントを毎日飲んでいる」というのを聞いて驚いたそうです。
食品添加物を避けるような人はサプリメントも当然避けるだろうと考えていたのがまったく違っていたということです。
これは当人の判断能力が足りないということではなく(と書いてありますが、やはり「足りない」でしょう)その人の周辺の情報が偏り歪んでいるからだということです。
テレビなど見ていると圧倒的に多いのが健康食品情報ですからそうなるのでしょう。
最終章に「食品の機能とはそもそも何なのか」という表題の章を設けてあります。
普通の食品を食べていても、それにより健康になったり不健康になったり様々ですが、これは食品の一般的な「機能」によるものでしょう。
それを越えるような「特定機能」を持つとして健康食品や機能性食品というものが販売されているわけですが、それを謳った食品(たいてい普通のものよりいくらか高い)を食べたとして他のものとどれほど違うのでしょうか。
錠剤やカプセルとして販売されている健康食品は見た目からも分かるように医薬品を擬態したものといえます。医薬品の持つ効果効能への保証というものの雰囲気だけを偽装していますが、中味はまったく異なるものです。
健康食品なるものに、一銭も使いたくはなくなるような本書の内容でした。
とはいえ、テレビ・新聞などでは大広告主に成長した業界について反対するような記事は出る可能性が低いものでしょう。
せめてこういったところで紹介することで少しでも広めなければならないことなんでしょう。