コラムニストの小田嶋隆さんが、日経ビジネスオンラインの中のコーナー「アピースオブ警句」で今回の舛添都知事の政治資金に関する記者会見での説明責任について議論されています。
舛添都知事の会見に見る「説明責任」 (5ページ目):日経ビジネスオンライン
さすがに小田嶋さん、非常にこの問題について分かりやすい例を引きながら明快に討議されています。
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まず、「政治とカネ」の問題点についてですが、これは以前にも小田嶋さんがこのコーナーで取り上げられているように、贈収賄などの大きな犯罪とたかが記録の不備程度の問題とが同レベルで取り扱われる傾向があり、それもちょっとマスコミの気に食わない相手の問題ばかりが過剰に報道される傾向があります。
本当に大きな問題はその陰に隠れてあまり注目されないという事例がしょっちゅう見られるようで、その点も注意が必要です。
この辺の報道のアンバランスについては、どうでもいいようなバラエティータレントとバンドマンの単なる婚外交渉事案が、たまたま最初の記者会見の態度が悪かったということで大きなスキャンダルのような取り上げられ方がされる一方、五輪招致疑惑はそれほど追求されないという例をあげ、説明されています。
それでは「説明責任」はどうでしょうか。
この言葉も手垢が付き放題の昨今ですが、小田嶋さんの説によれば「アカウンタビリティー」という言葉の訳語として使われていますが、これはどうも誤訳と言って良いほどの事例らしく、それを論じたものを引用されています。
Kiyoshi Kurokawa .com » 「アカウンタビリティ」と「リスク・コミュニケーション」;カタカナにご注意
その中で語られているのは、「責任」というのはちょっとしゃべって果たすという程度のものではなく、「腹を切る」ところまで必要とされているようなものだそうです。
したがって、あのような記者会見での言いっ放しなどはとてもアカウンタビリティとは言えないのでしょう。
ただし、小田嶋さんはそれでも舛添氏が辞職すべきとは言っていません。自民党などは辞めさせたがっているそうですが、どうせ辞めてもまたさらにひどいのが代わりに立つだけでしょう。
ぜひ、任期を全うして欲しいそうです。