爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「江戸っ子は虫歯しらず? 江戸文化絵解き帳」石川英輔著

江戸文化の研究家として知られている著者ですが、2012年発行の本書の巻末の著者略歴の中の著作紹介には初期のSF作品はまったく触れられていません。もはやそのような経歴は邪魔なのでしょうか。
それはさておき、小説などの文学では小道具・大道具にあたる様々なものは詳述されることは少ないために、それで時代背景や雰囲気を感じることはできませんが、本書で扱われているような「名所図会」や「合巻」と言われる絵が主となるものや、挿絵が豊富な本の場合は細かい背景まで書き込まれているためにそれに着目してみるといろいろな発見があります。

著者は江戸文化研究の過程でそのような資料をたくさん集めており、そこから様々なテーマごとに取り出し集めてまとめ、江戸の人々の暮らしを見て取れるようなものにしたのが本書と言えるようです。
はじめに、「花見」から記述されていますが、各所の「名所図会」には多くの花の名所が描かれており、その詳細な描写から当時の花見の風習も細かく知ることができます。当時から酒や弁当を持ち宴会を開いていた様子で、場所取りをしていたということも分かります。上野だけは「歌舞音曲禁止」だったということですが、ということは他ではドンちゃん騒ぎだったのでしょう。

朝顔などを鉢に植えて育てて楽しむということは江戸市中でも多くの人によって実施されていたようで、幕末以降来訪したヨーロッパ人からも特筆された風習だったようですが、この朝顔を描いた絵もたくさん残っており、普通の品種ではなく特殊な形状の花や葉を持つ品種の絵というものも残されています。

もう一つ面白いと感じたエピソードは、「宴会の形式」です。現代のちょっとかしこまった宴会というのは大広間に一人ずつの膳が並べてあるところに一人ずつ座って、上座には主賓が並ぶという形が印象にありますが、江戸時代の絵に描かれた宴会の様子にはそのような形式のものは全く見られないということです。
それではどのような形式が普通だったかというと、主な料理が大皿で中心に置かれ、その周りに適当に座るというもので、料理は各自皿を持って取りに行ったという、現代で言うならバイキング形式のようなものだったそうです。
武士や公家のものは絵になっておらず良く分からないということですが、少人数から大人数まで、また長屋の貧乏人から高級料亭での宴会までほとんどがこういった状況で描かれているようです。

「拳という遊び」というコーナーでは当時大流行していたさまざまな拳の遊びが細かいところまで描かれていたことが判ります。今は「じゃんけん」というものくらいが知られているだけでほとんど失われていますが、元は中国から伝わってきた「本拳」と呼ばれる遊びが各地に広まったようで、じゃんけんのような単純な三すくみの遊びではなく非常に高級な戦術を要する競技だったそうです。
実は、九州地方にはまだこの名残とも言えるものが残っており、実際に行われているところも見たことがありますので、イメージしやすいものでした。

江戸時代の習俗というものがこのような形で見ることができるということは非常に興味深いことですが、それを可能にしているのは様々な出版物の発行に当たって細部にわたって正確な描写をしていた当時の絵師の人々のおかげです。周辺の部分はデフォルメなどということもせずに、関係のないようなところも書き込んでいたようです。

本書とは関係ありませんが、最近はマンガで覚える歴史なんていうものも流行っており、いろいろな本が出版されているようですが、細部の描写は大丈夫でしょうか。「アニメの情報量は小説の数倍」という話は聞いたことがありますが、それも正しい描写がしてあればこその話で、いい加減なことが書かれていてそこまでも読者の頭に入ってしまっては大変なことです。子供に「マンガで見る古代日本」なんていうものを与えて、まったく実際とは異なる観念を植え付けてしまうということもありそうな話です。