著者の藤本さんはフランス歴史に基づく小説を多数出版されているということです。
フランス・ナポレオン史研究学会の会員に日本人としては初めてなったそうですが、この「ナポレオンを裏切った人々の心理分析の本」を書いたことで学会除名ということにならないか心配だとあとがきに書いておられます。
ナポレオンはフランス革命後の混乱の中ですい星のように現れ、瞬く間に政権を掌握しフランス皇帝の座にまで上り詰めました。
しかし、その没落も鮮やか?なもので、スペインやロシアへの侵攻が失敗すると反仏同盟軍の攻勢に耐え切れず退位してエルバ島に退去(これは流罪ではなく、領主として赴いたようです)その後復活王政が失敗すると再度皇帝に返り咲くものの反仏同盟との決戦(ワーテルローの戦いと言われているが、実際はモン・サン・ジャンの戦いと呼ぶ方が正確)に敗れイギリスの手でセントヘレナに流刑とされそこで死亡しました。
急激に皇帝にまでなったために部下となった人々の出自は様々であり、数々の場面で功績を立てて昇進したものの、心の中では完全に心服しきったものではなかった者もいたようで、それらの人々がナポレオン没落の際には裏切り行為のように見える行動を取ったために後世「裏切者」の名を着せられたという人もいたようです。
ナポレオンの妹と結婚しナポリ王となったジョアシム・ミュラも帝国瓦解にあたりナポリを守るためにナポレオンに反旗を翻してしまいます。しかし、ナポレオン亡き後にナポリ王でいられるはずもなく、ともに没落してしまいました。
ナポレオン敗戦の主因となったと見なされるマルモン元帥ですが、彼は資産家の貴族の息子であり軍隊に入り活躍して昇進します。その後ナポレオンに認められ元帥にまでなるのですが、その過程では昇進が遅らされて恨みを持つということもあったようです。
また貧弱な体でコンプレックスのあったナポレオンからその堂々たる外観で嫉妬を受けていたようでそのような心理的な葛藤が裏切りにつながったのかもしれません。
このような裏切者の列伝というものができるのもナポレオンの特異な生涯だからこそでしょう。小説家にとっては話のタネの宝庫のようなものかもしれません。