爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「世界の99%を貧困にする経済」ジョセフ・E・スティグリッツ著

いくつもの有名大学で教鞭を取り、クリントン政権の経済諮問委員会委員長もつとめ、2001年にノーベル経済学賞を取ったと言うスティグリッツ教授がアメリカの富裕層によりゆがめられている政治と経済を厳しく糾弾した本です。
日本でも2012年の出版時にはかなり売れたようです。

題名には「世界の99%」とありますが、内容はほとんどがアメリカの経済界、特に金融グループの経営層がいかに自分たちの私欲だけのためにすべてに政治を動かしているかと言うことですが、グローバル経済を推し進めると言うことは彼らのために世界経済もゆがめられていくと言うことですから、間違いはないのでしょう。
最初に日本語訳本に対する序文として、不公平を助長するような経済に飲み込まれないことという助言をされていますが、もはやだめでしょう。

アメリカの富裕層への富の集中は激しさを増しているようで、30年前には上位1%の所得総額が国民所得全体の12%だったものが2007年までの増加分の7/8を手にしたそうです。富裕層のよく口にするトリクルダウン効果(おこぼれ効果)なるものもほとんど機能はしていないようです。富裕層に富が集中する一方で全体としての所得は増えてはいないようです。

富裕層がさらに富を重ねるというために、レントシーキングという手法?を多用しているようです。レントとは「地代」ということですが、さまざまな制度を作り出して至るところに手数料を張り巡らし、下層の人からも細かく吸い上げて巨万の富を集めると言う、銀行業界などで横行している手法のようです。これは業界だけでできることではなく、政治への影響力を使って法制化しています。
さらに、逆累進課税といった税制の捻じ曲げも成し遂げてさらに富が集まるようになっています。
そのほかの業界にも政府からの大盤振る舞いというものは散在し、製薬業界には薬価を高くする仕組みをプレゼント、鉱山業界には採掘権を安価に譲渡といったことを絶えずやってきたのがアメリカ政府だそうです。

規制緩和ということも絶対の善のように言われ推進されてきましたが、実際は規制緩和により経済が不安定化するという事例は数多く、近視眼的な企業経営層の利益追求により航空産業、電気通信、金融等がたがたになった業界は数知れないようで、そもそも規制と言うものが市場の欠陥をカバーし弱者を保護すると言う機能も果たしているにもかかわらず、それを緩和するだけでは上手く行くはずもないということです。

グローバル化が進行すると徴税がしにくくなり、税率を安くしないと企業が国を去ると言って脅しをかけるということはアメリカでもあるということですが、この運命論はこれで恩恵を受けている人が考え出したものであり、決して止められないものではないという著者の意見です。うまくやるためには国際協調が不可避でしょう。

アメリカなどでは企業の経営陣、とくにCEOが巨額の報酬を手にしているのがよく報道されますが、これは報奨金(インセンティブ・ペイ)と呼ばれ社会や企業に大きな貢献をしたからだという主張がされています。しかし、金融危機の際にも変わらずに巨額の報償を受けていたことが明らかになり、そのような主張はまったくのごまかしだと言うことだそうです。報奨金というのがはばかられるほどの業績だった時は「慰留金」と呼び方を変えて受け取っていたそうです。
日本でも外国人経営者が巨額の報酬を取っている企業があるようです。食い物にされているだけなんでしょう。

しかし、民主的に選挙で選ばれる政府が上位1%のための政策を推進すると言うのは不可解なものですが、アメリカでは選挙費用が巨額になるため資金提供をする勢力の要望を断れないという事情のようです。それは金さえかければどうでもなるという選挙事情を反映しているわけで、それで騙されて投票する残り99%の中下層の有権者が愚かなだけでしょう。とはいえよその国の話だけではありません。

このような悪辣で非道なアメリカの富裕層の仕掛けてきているのが経済のグローバル化であり、TPPなどもその一連のものの一つでしょう。それをありがたがって受け入れると言うのは誰のための政治なのか、明らかなのかもしれませんが、アメリカに負けず劣らず愚かさでは引けを取らない日本の有権者にはわからないのでしょう。

なお、経済の指標として今はGDP国内総生産)を使っていますが、以前はGNP(国民総生産)を使うことが多かったようです。1990年頃から変わってきたそうですが、これはちょうどグローバル化のペースが加速する時代と重なるそうです。それに都合の良いように変えられたのかもしれません。

その先の話は、緊縮財政の批判など、著者の拡大経済の理論に沿ったもののようで、本書にはありませんがウィキペディアの記事を見ると著者はアベノミクスにも賛成だそうです。不公平・不公正の弊害のひどさと言う面での認識はさすがのものと思いますが、経済拡大での景気回復といった論を推進ということはいただけたものではありません。ノーベル賞といってもこの程度のものでしょうか。