爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「工学部ヒラノ教授」今野浩著

もう20年ほど前になりますが、作家の筒井康隆氏が「文学部唯野教授」という小説を書き、評判になりました。大学教授というものはなかなか一般には計り知れないところがあるようですが、やや誇張されたところはあったとしてもそれをエンターテインメントにしたというのは面白いものだったと思います。
それに刺激を受けて文学以外のほかの分野の大学でも同様の本が出されたそうですが、そちらはほとんど知られてはいないようです。
本書も工学部の教授について書かれたものですが、その名前こそ”ヒラノ”という仮名になってはいるものの、民間研究所から筑波大学に移り、その後東京工業大学を経て中央大学と、著者の今野先生の経歴そのものなので、どうしても小説というよりは自伝と捉えても良いのでしょう。

私も大学での研究経歴はないものの、周囲にはそういった人が多数いますので、大学教授という人々の環境というものも漏れ聞いてはおりましたが、まあその真っ只中を生きてきた今野先生の披露される内情というものは聞きしに勝るという感想です。

大学院からいったん民間に出てしまうと、あまり大学に戻って教授レースに参戦できるという人は居ないのですが、ヒラノ先生は偶然にもそのチャンスに恵まれ?筑波大学助教授として赴任することができました。とはいってもこれも良くは知らなかったのですが、一般教育担当教官と専門教育担当とは雲泥の差があり、一般教育担当という人々はかなりの格下と扱われたそうです。理工系の研究者としては研究のための時間も資金も無くなってしまう為に将来が塞がれるようなものだったということです。
しかし、著者は工学といっても金融工学などにも応用の利く分野だったために東京工業大の”文系”の教授として迎えられるという、これも幸運?に恵まれ移籍します。
しかし、折からの大学改革の嵐に巻き込まれ、雑務に追いまくられるということになり、研究者というよりは管理者として時間を使わざるを得ないという状況になり、学科主任から部局長までやらざるを得なくなってしまいます。
これも、駆け出しだった頃に先輩に叩き込まれたエンジニアの心得7条の一つ「頼まれたことはできる限りやる」ということを守ったためだそうです。なお、心得その1は「納期を守る」ということだそうで、大学教官でも工学系の人は必ずそれを守っているそうですが、理系でも数学者はほとんどその考えが無く、また文系の教授では時間は守らないほうが普通ということです。

1980年以降の大学改革の嵐で、大学院重視の体制が強化されてきていますが、その中でも工学などの実学重視が強いので、文系などでは相当対応が難しかったようです。あちこちの大学で苦難の対応がされてきたようです。
教養科目というものもそのあおりを受けて激動してしまいました。

ヒラノ教授は東工大の仕事の最後では定年延長の意識調査などで関わり、適切な報告書で無事治めます。しかし本人はその年まで勤めることなく中央大学に移ることになったそうです。ちなみに、もしもそのまま東京工大にとどまっていたらその直後に自分が立ち上げた部門の閉鎖という事態に直面することになったそうです。

まあ結構波乱万丈の大学生活だったようです。

なお、最近「准教授」とか「助教」といったポスト名称に替わったなと思っていましたが、それは2007年頃からだったということがこの本で判明致しました。いまだにちょっと耳慣れない感があります。