爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」溝口優司著

国立科学博物館の部長の溝口さんの本です。ほぼ同時に”DNAから見た見た日本人”という本も読みましたが、こちらは遺伝学者の斎藤さんの著書でした。溝口さんは伝統的な形態などの解析から見るのが専門のようです。
もちろん結論としては差がありませんが、どちらか一方だけで話ができるものではないようで、補完しながら真理に向かっていくということなのでしょう。

人類の形態から見た最大の特色というのは直立二足歩行にあります。これは近縁の霊長類にも少ないもので、チンパンジーもナックルウォーキングという手の甲を地に着ける歩行法をとるために手の化石にもその影響が見られるようです。
直立二足歩行を始めたために手をフリーに使うことができるようになり、それで脳が発達することができました。急速に進化が始まったのもそのせいです。

原人というものが発生したのは1000万年前とも見られますが、その後は徐々に進化をして変化して行きました。その中には元々は草や木の実を食べていたものが、肉食を始めた種もあったようです。肉食は摂取カロリーが大きいために食事に費やす時間が短くて済み、それが有利に働いて生存闘争に勝ち抜きました。

北京原人が現代の中国人になったのかという点では、”多地域起源説”と”単一起源説”があったのですが、これはDNA解析によりクリアに単一起源説が正しいことがわかりました。14万年以上前にアフリカに住んでいた”ミトコンドリア・イブ”と呼ばれる一人の女性のミトコンドリア遺伝子をすべての人類は持っているそうです。
アフリカを何らかの理由があって出た(負け犬だったという観測もあります)人類はいろいろなルートをたどり全世界に広がっていきます。この辺は遺伝子解析の有用なところで、どこで変異がかかってその変異がどのように広がって行ったかということを追うことができます。

縄文人の化石を解析してみると一番近いのはオーストラリア原住民だったそうです。遺伝子的にも完全に一致はしないもののさほど矛盾しない結果が出たようです。それぞれの祖先が元々はマレー半島やボルネオなどが一つの陸地「スンダランド」に居たようです。それが分かれて進んで日本とオーストラリアにたどり着いたということなのでしょう。
その後弥生人といわれる人々が北方から日本列島にやってきました。縄文人とどのように入れ替わったかということにはまだ定説は無くいくつかの仮説があるようです。完全に駆逐して入れ替わったということでもないようで、徐々に混血もしながら広がっていたようです。ただ、弥生人は農耕をしていたために圧倒的に繁殖率が高かったため外観的な形質はその特徴が多く出ているということのようですが、遺伝子的には縄文人の名残が相当残っていると見られるようです。

日本人には様々な祖先が居るということは外観的に見ても人により大差があるということからも想像はできます。しかし、今後は徐々に混血が進み一体化していくのかも知れません。ただし、それ以上に国際化という動きも多いのかもと思います。これまでとこれからと、人種というのは複雑なものだと感じます。