様々な生物の分布などを研究する生態学は、地域の実態調査を繰り返し行い、その生物種や生態を研究していくのですが、この本を書いた「日本生態学会東北地区会」の皆さんは、その研究対象として、東北地方太平洋岸を扱ってきた人が多数居ました。
その研究対象地域を含め東北地方を、2011年3月11日の東日本大震災が襲いました。
地震と津波が広い範囲に大きな影響を及ぼし、多くの住民に被害が出ましたが、この影響は生態学者の研究対象である地域にも及んでいました。
このような影響のことを生態学では「撹乱」と呼ぶのですが、今回の非常に大きな撹乱により、生態というものがどういった影響を被ったのか、もちろんそれぞれの研究者がそれぞれの対象分野ですでに研究論文として発表したものも多いのですが、ここに一冊の本としてまとめて地震というものの撹乱というものを概観できるようにしました。
そのため、生物種といっても魚介類、海藻から動物、昆虫、陸上植物まで多くのものを含みます。
生態系に影響を与える自然災害は、地震、津波の他にも火山爆発、風水害、火災等様々なものがあり、それらの影響で生態系が混乱するということは頻繁に起きています。
大きな災害ではその混乱も大きくなり、場合によっては生物種が全滅という事態もあったのですが、少々の変化にとどまるという場合もあったはずです。
今回の巨大地震と津波という災害は、人間社会に対しては大きな被害を及ぼしたのですが、生態系にとってはどうか、そういった研究事例があまりなかったので、これはその意味でも重要な研究となりました。
東日本大震災では、地震の揺れよりも津波の被害が大きかったのですが、生態系への影響という意味では、地震にともなう「地盤沈下」ということも相当な影響を与えたようです。
これにより、従来は乾燥地であったところが湿地や海水干潟となったところもあり、それまでの生態系とは激変したところも出ました。
海生の生物には津波の影響が大きかったと考えられます。
魚には影響は少ないかもしれませんが、貝類や海底の泥に棲む生物などは津波で移動させられ、生存に適さない場所に流された場合は死滅したものも出たでしょう。
牡蠣は一時的に増加、アサリは減少したというところもあったようです。ただし、徐々に震災前の状況に戻るような傾向もありそうです。
陸生の植物も、津波で広範囲に塩水をかぶったという影響が出たものもありました。
また、根こそぎ津波で持ち去られ、そこには残らなかったというものもありました。
その付近に住む昆虫類も住処の草花ごと津波に流されたというものもあったようです。
ただし、皆が流されて何も無くなったかというとそうではなく、地中に残った種や根から復活し、競争種がいなくなったので前より繁茂するということもありそうです。
このように、津波や地震の影響というのは生物種によって様々に作用して、その後の生態系が変化させられたということもあったようですが、ここで考えておかなければならないのが、このような生態系への影響というものは、地震・津波自体によるものだけでなく、その後の「復興事業」によるものも大規模に起きているということです。
地盤嵩上げ工事や、大規模な防潮堤など、環境への考慮が足りないまま急いで行うこともあるようで、その工事により生物への影響が出たということがあります。
この問題は地域によってもかなり差があり、配慮がされる所もある一方、足りない所もあるとか。
大震災から7年、さまざまなところに大きな傷跡を残しましたが、このような研究をされている人も居るのかと感心しました。