爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「企業はなぜ危機対応に失敗するのか」郷原信郎著

弁護士として各所で活躍されている郷原さんの名前はよく耳にしますが、本書の著者紹介には東京大学理学部卒業、一度は就職したもののすぐに退職して司法試験受験し合格。検事として勤めたあと退官して弁護士となりコンプライアンス関連の活動を活発にされているということで、なかなか異例の経歴かと思いますが、本書の書き方も判りやすく説得力のあるものでした。

2013年には大きな企業の不祥事というものが相次いだようですが、著者が最初にあげている「阪急阪神ホテルズ食材偽装問題」「みずほ銀行暴力団向け融資問題」「カネボウ化粧品白斑被害問題」の3件はマスコミの大攻撃を浴びたものですが、実際は必ずしも企業側の違法行為などというものではなく、ちょっとしたミス程度のものが拡大されてしまった面があるようです。
それが企業側の公表の仕方や話し方、監督官庁の出方の判断ミスなどが重なり一方的に悪とされたということのようです。

阪急阪神ホテルズの問題では、その後あちこちの企業から同様の発表が相次いで大騒ぎになりましたが、そもそもそのレストランが「ホテルの高級レストラン」とのイメージで報道されたものの、実際はそれはごく一部でほとんどがホテル内の宴会場やバイキングレストランであり、そもそも食材の高級さを売り物にするようなところではなかったようです。
せいぜいがメニュー表示の工夫程度の感覚であったものが、それを「メニュー表示と異なった食材を使用した」と発表したことで、「食材の使用の問題」と見られるようになってしまったということです。
また、傘下の全店舗の違反例を一覧表にまとめて発表してしまったのですが、上記のように高級レストランとバイキングレストランではその意味もまったく異なるので、かえって問題を大きくしていまいました。

みずほ銀行暴力団向け融資問題はかなり複雑な問題を含んでいたようです。
そもそも暴力団みかじめ料で脅迫して脅し取ったということはこれまでも問題となり取られた方も批判されてきましたが、最近は暴力団と関わることすべてをシャットアウトするような方針を警察が取り出したということもあり、普通の取引も問題視されるようになってきました。
この問題も暴力団員に対する車のリース料金の融資といった通常の取引であるために以前は問題にもされていなかったものが最近になって大きく言われるようになってきたのですが、以前からの取引であったために急にやめるということも難しかったので続いていたようです。
それを銀行の上層部にも報告していたかどうか、また上層部が知っていて対処を取らなかったのかどうかということが問題化してしまいましたが、これは金融庁の業務検査でも以前から報告されていたということでした。こうなると金融庁の責任にも及ぶ話ですが、それを避けるためにわざと銀行に業務改善命令を出して責任逃れをしたのではないかという観察です。

カネボウ化粧品の美白化粧品による白斑発生の問題は大きなものになりましたが、実はカネボウの化粧品の美白成分ロドデノールと白斑発生の因果関係は必ずしも確定していないようです。また、他の美白成分が絶対大丈夫というわけでもないそうです。ロドデノールは厚労省医薬部外品としての認定を受けた成分であり、仮にその副作用の因果関係が証明されれば認定した厚労省にも責任の一端はあるものです。
また、被害者の化粧品使用履歴等も完全に調査されているわけではなく、他の化粧品の影響の可能性も否定できてはいません。
しかし、早々と会社側が責任を認めてしまい補償もするということを発表してしまったためにそれらの問題はうやむやにされました。

こういった企業の不祥事に対する対応のまずさから拡大する被害を防ぐというために、著者が紹介しているのがサッカーのフィールドをイメージした「フォーメーション分析」というものです。なかなかユニークな手法であり、説明としても非常にわかりやすいものです。
ある問題について、企業を批判・攻撃する側の「オフェンス」と守る側の「ディフェンス」で考えます。それらの構成要素となるのは、企業と問題の被害者・遺族のほかに、マスコミ、行政、捜査機関、消費者団体などです。
また関連分野の専門家という人々もオフェンス・ディフェンスのどちらにも回る可能性を持っています。
ディフェンスの要になるゴールキーパー役は企業でいえば社長なんですが、平時には有能であっても非常時にはまったく無能という人が結構居るようで、それで一気に信頼失墜ということが多いようです。
マスコミはだいたいオフェンス側の先鋒になりますが、マスコミ全体がそちらに回るかどうかもディフェンスの戦法にかかってくるようです。また、行政官庁が味方になるか敵に回るかということは大きなポイントですが、それまでの経緯から味方をしてくれると信じても、役所そのものの保身のために裏切られることは良くあることのようです。

いずれは何らかの謝罪と責任を認める発表をしなければなりませんが、そのやり方により攻撃の手が緩くなるか炎上するか分かれるところです。そもそも、謝罪をするべきかどうか、また自社の主張をするべきか、どのように責任を認めるかという判断をしなければいけません。
昔は法廷で決着をつければおしまいという時代もありましたが、今は企業の社会的責任の観点から法的責任以上に考えていく必要があります。
パロマの湯沸かし器で不完全燃焼により死者が出るという事故が多数起こりましたが、これも原因は修理業者の不正修理によるものなので、パロマには法的責任があるかどうかは微妙なところですが、昔の判断ではないということでした。しかし、それを主張したためにかえって大攻撃を受け、さらに監督官庁まで敵に回してしまったので全面敗北になってしまいました。
パロマがどうすれば良かったのか、まず製品に欠陥がなかったということは主張しなければいけないことでした。しかし、メーカーとして反省すべき点が無かったかといえばそうではなく、修理業者の指導や使用者への注意喚起などやらなければならないことは多かったようです。
法的責任があるかどうかは疑問ですが、社会的責任はあったということからメーカーとして真摯な対応をする姿勢を見せていれば、製品欠陥ではなく不正改造の方に追及が向かっていたはずだということです。

戦闘の発端には、告発者からマスコミへのパスが出されるということが多いのですが、そこで企業側は先行プレスリリースという手段を取ることが有効だそうです。先手を打つということはこれまでは企業行動としてほとんど無かったことですが、マスコミに一方的な告発者側の情報だけで判断させることなく、対抗する意見もあることを知らせておけば一気の炎上という事態を和らげる効果があるそうです。

企業を取り巻く環境は激変しており、一歩間違えれば集中砲火を浴びて存立も危うくなる事態になる例はいくらでもあります。企業の危機対応担当者にはかなり参考になるものがあったであろう本でした。