山登りを楽しむという登山家は多く現れていますが、山の楽しみ方としては「山岳展望」というものも大きな位置を占めるのは間違いないものの、きちんと体系的にとらえるということは少なかったようです。
それをかなり早い時期から様々な著書を出して広めていった田代さんの功績は大きなものがあるのでしょう。
私もかなり以前から「展望の山旅」とか「車窓展望の旅」といった田代さんと藤本一美さん共著の本で楽しませてもらっていました。
そんな田代さんが山岳展望全体を分かりやすく解説するために2007年に出版されたのが本書です。
山岳展望自体を細かく説明するのではなく、初心者にも総体を把握できるような作りになっています。
町から多くの山が見えるという意味では日本は世界でも特異的な環境にあります。
標高はさほどではないとはいえ、かなり急峻で特徴的な高山が数千万人が暮らす首都圏から見えるというのは珍しいものだそうです。
富士山はおそらく誰が見てもすぐ分かるでしょうが、日本アルプスや他の名山でもなかなか見てすぐ分かるわけではありません。特に山脈として頂きが連なっている場合はそのどれがどの山かということを同定する(山座同定と言います)のは容易ではありません。
かつてはこのような場合はフィルムカメラで撮影してきて現像し、それを一つ一つ検討するという地道な作業が必要でした。
しかし、カメラもデジタル化し、パソコン、インターネットでもさまざまなソフトが現れかなり容易にはなってきているようです。
特に「カシミール」というフリーソフトの果たした功績は大きかったようです。
私も以前から愛用させていただいています。
また、グーグルアースで簡単に山の映像を動かしながら見られるのも大きな進歩でした。
山岳展望をめぐる話題という項では興味深い話が取り上げられています。
超遠望では、どうしても富士山はどこまで見えるかというのが話題になりやすいのですが、他にも200kmを越える距離の遠望があります。
こういった状況は気象条件などかなり限られた好条件が揃わないと見られないもので、それを探してずっとポイントを探し続ける人もいるようです。
鳥海山から鹿島槍ヶ岳が見えるかどうかというのを追っている方もいらっしゃるようで、1933年に見えたという記録があるのですが残念ながら証拠写真は撮られていなかったようです。
日本のNo.1,2,3の高峰がすべて見える場所というのが山梨県にあるそうです。1は富士山、2は北岳、3は奥穂高岳ですが、それを見られるのは北杜市小淵沢上笹尾の「三峰の丘」というところです。
なお、このような「見え方」を探索するには前述のカシミールの「可視マップ」という機能が有効です。この結果は気象条件が入っていませんので確実に見えるというものではありませんが、少なくとも可能性が高いということは分かるようになっています。
海から3000m峰が見えるというのは、富山県の氷見市が盛んに宣伝に利用しており、世界でも例がないと言われているそうですが、田代さんの見解によれば日本国内にも結構あるようで、三浦半島から南アルプス、伊豆大島から南アルプス、佐渡ヶ島から北アルプスなどかなりありそうです。
気差係数というものがあります。
大気の屈折率の変化で角度からすると見えないものが見えるということですが、実は蜃気楼というのもその極端な例のようです。
水平線以下のものが浮き上がって見えますので普段は見られない遠方の山が見えるということもあるようです。
伊吹山からは富士山は見えないというのが公式見解ですが、もしも気差係数が1.30であれば見えるようです。そういった気象条件が無いとは言えませんのでその時に現地に居れば見られるかもしれません。
山岳展望というのは実に面白いものを含んでいます。特に、きつい山登りをしなくても楽しめるというのが最高です。
現在住んでいる熊本県八代からは阿蘇は見えませんが雲仙岳はきれいに見ることができます。
山の多い日本ならではの楽しみ方なのでしょう。