爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

だから日本語は優れているというと嫌われるんだろうな。

ネット上で面白い記事を見つけました。

「欧米の言語はなぜ繰り返しが多く、くどいのか」という題で、ドイツ語の翻訳家の平野卿子さんという方がNewsweekJapanに書いているものです。

www.newsweekjapan.jp

平野さんはドイツ語の本を日本語に訳すという仕事をされているのですが、以前に訳した本があまりにも繰り返しが多くくどいので、「4分の1ほど削除させてくれ」と頼んだそうです。

幸い、原著者の理解も得られたのですっきりとした翻訳に仕上がったということですが、この理由について考察されています。

 

平野さんが以前から考えている日本語の特徴と言うものは、

アルファベットとカナ(ひらがな・カタカナ)は表音文字であり、漢字は表意文字だ。日本語はこの両方を同時に使う言語である。漢字とカナは脳の別のところで認識されるため、脳はより活性化される。しかも漢字は図像なので、視覚に訴える力がカナよりはるかに強い。だから、日本語を読むときには表音文字だけの欧米語よりずっとしっかり記憶される

ということです。

 

脳科学の知見から言っても、表意文字表音文字の処理をする脳の部分は異なり、それが適度に混合した日本語の文章を読む(視覚的に)場合は記憶されやすいのでしょう。

 

これは、私自身の読書体験から考えても成り立つものと思います。

特に本を「速読」する際には言葉一つ一つを追ってはいません。

文章全体を一瞬で捉えてある程度の内容を感じ取ることは可能です。

 

だから日本語は優れていると言ってしまうと問題なのでしょうが、漢字と言う表意文字の塊のような言葉の表記法を輸入しそれを使って仮名を作り出し、さらにそれを混ぜて使うという歴史上の偶然が、このような状況を作り出してくれたのでしょう。

 

 

 

あちゃー、やっぱり出た「合唱団クラスター」これでわが合唱団も当分の間練習は無理か。

岐阜県で合唱団の練習により新型コロナウイルス感染が広がる、「クラスター」ができていたことが報道されました。

headlines.yahoo.co.jp

だいたい合唱の練習をするようなところは密室ですし(音が漏れたらいけないので)、精一杯声を出すので唾液も飛びますし、同じパートの人は近づいて歌わないといけないという、三重苦すべて満たすという環境ですから、一人感染者が入ればすぐに広がりそうです。

 

わが合唱団も、3月初めに練習休止としてもう1か月近く、まだ再開のめどは立ちません。

しかも、65歳の私がまだ若手という、年寄り集団ですのでもしも感染が広がれば危険な状況になりそうです。

 

これは、当分練習は見送りになりそうです。

 

今年の発表会はできるかどうか。

「人類の進化が病を生んだ」ジェレミー・テイラー著

人類が進化し、かつて苦しんだ病とはまったく異なる病にかかりやすくなっているようです。

よく「文明病」などと言うことがありますが、どうやらそれとは違って意味で現代の病の特徴と我々の進化とは関係しているようです。

 

著者のジェレミー・テイラーさんはBBCテレビで科学番組などを作ってきた人ですが、この本を書くにあたっては多くの研究者の力を借りたと謝辞が書かれています。

本書執筆の2年後の2017年に死去されています。

 

いくつかの病気が扱われていますが、その「進化」との関わりは様々のようです。

 

「自己免疫疾患・アレルギー」「不妊症」「腰痛」「眼の病気」「癌」「心臓病」「アルツハイマー病」が扱われています。

いずれも現代において人々を苦しめ続けている疾病です。

しかし、医療関係者にとってはそれらが「進化」と関係があるかどうかはあまり意識されていないようです。

というより、意識的に進化と言うものを避けて考えているようにも見えます。

目の前の患者を治療しようとする医師にとって、「進化」などを考えてもほとんど益はありません。

しかし、最近になって多くの進化医学の研究者が進化と医学の関係について研究を進めるようになりました。

ランドルフ・M・ネシーという進化医学の父とも言える人の言葉には「進化のない医学は物理学のない工学だ」というものがあったそうです。

様々な疾病の奥底には進化が関係しているということは事実であり、それが治療にも必ず反映されるということでしょう。

 

免疫系の異常、自己免疫疾患やアレルギーの多発にはやはり共生微生物が関係するという、旧友仮説も説明されています。

一時は「衛生仮説」というものが提唱されていたのですが、それよりも共生微生物という「旧友」が失われたことが免疫異常につながってきたということです。

 

人間の多くがかかえる「腰痛」という問題は、人類が直立歩行をするようになったからだということが言われます。

腰の関節などはそれまで四足歩行をしていた時代とは90度違う方向への重力にさらされるようになりました。

それが各部への圧迫となり腰痛に悩まされるようになるのも必然だというものです。

しかし、直立歩行をするために進化してきたというのは少し違うのかもしれません。

実は「長距離走をするために進化した」というのが本当のようです。

走行速度は他の動物に比べて遅い人類ですが、持続して走り続ける能力は引けを取りません。

チーターも最高速度は速いとはいってもその速度で走れる距離は大したことはありません。

馬ですら、長距離になると人間に敗けるそうです。

これは、じわりじわりと獲物を追い続けて相手が疲れたらしとめたという、人類のかつての狩猟方法によるのだそうです。

ただし、人類の走行方法は今の走り方と少し違います。

当然ながら裸足で走らなければならないのですが、他にも通常の長距離ランナーのように「かかとから着地する」走り方では必ず足を痛めるという結果になるので、指の付け根から着地する方法が最良だということです。

 

動脈硬化などによる心臓病も人間の致命的な疾病として大きな位置を占めています。

これらが起きるのは喫煙や飲酒、飽和脂肪や食塩の多い食生活が原因であるというのが一般的な認識でしょう。

しかし、これにもどうやら免疫系の異常が関わっていそうです。

扁桃を除去する手術、虫垂を除去する手術は広く行われていますが、これらの器官が免疫に重要な働きをしているということは、最近になって分かってきました。

そして、小児期にこれらの手術を受けた人がその後どういった疾病にかかるかということを調査した結果によると、心臓発作を起こす確率が扁桃除去で44%、虫垂除去で33%も受けていない人に比べて上昇していたそうです。

さらに関節リウマチやクローン病といった明らかに自己免疫疾患と分かる疾病の罹患率も上昇していました。

どうやら、動脈壁への接着ということに免疫が関わっていそうです。

 

色々な病気と進化の関係、なかなか興味深いものでした。

 

人類の進化が病を生んだ

人類の進化が病を生んだ

 

 

 

日本も重大局面へ、東京で外出自粛

海外で爆発的感染拡大が起きている中、日本は比較的それが少ないかのような状態だったので油断があったのでしょうか。

ここ数日で特に東京などで急激な感染者発生が相次いでおり、小池東京都知事が週末の外出自粛を求めるということになりました。

 

この影響でスーパーでの食品などの買い占めも発生しているようです。

www.nikkansports.com

まだ治療薬の見込みも立たず、ワクチン製造までは相当な時間がかかることが予測される中、日本だけが鎮静化するとは考えられなかったのですが、本当に感染拡大が起きているのでしょうか。

 

特に大阪兵庫などでの危機感を持った対応が行われる一方、東京はややその感覚が弱かったかのようです。

花見の名所には宴会はしないものの多くの人が出歩き、繁華街にもいつも通りの人出があったとか。

ちょっと油断が大きすぎたのかもしれません。

 

ただし、今まで言われてきた「検査回避」がオリンピックの延期が正式に決まったことで解禁されたという疑いもあります。

それならば、実際には存在した感染者が表に出てきただけとも言え、状況はさほど変わっていないかもしれません。

まだしばらくは大きな動きが続くでしょう。

 

ついでにオリンピック延期について。

代表選出がすでに終わっているところでは、その代表をそのまま来年まで持ち越すかどうかでもめそうです。

選手の力のピークはごく短時間でしょうから、来年も同じ人間が最強であるということは無いというのが当然ですが、一方では選ばれた選手の権利?という問題もありそうです。

もうすでに、今回の選出方法に力を入れたマラソンはこのままの代表で行くという意志を表示しました。

まあ、どうせメダルには届かないでしょうからあえて混乱を引き起こすことは無いという判断でしょう。

メダルの期待が高い競技はそうはいかないでしょう。

卓球や柔道はその時の最強メンバーに入れ替えるということもありそうです。

 

なお、延期期間も政府内では安全を見越して2年という意見も出ていたとか。

しかし、安倍総理の強い意見で無理やり1年としたようです。

これは、当然彼の任期が絡んでいるのでしょう。

それがまた来年の大混乱につながるかもしれません。

 

「転変する東アジアのなかの日本」荒井利明著

著者の荒井さんは新聞社の特派員などを歴任、現在は主に中国関係の分析をされているようです。

本書は2014年の刊行、まだBRICSの上り調子が続いていたころの話で、それ以降の変化は計算に入っていないことは割り引いて考えなければいけないでしょう。

 

冒頭に書かれているように、30数年前に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われていたということが夢のようになり「チャイナ・アズ・ナンバーワン」と言うべき時代になってしまいました。

しかし、中国もすぐ近くに大きな変換点を迎えようとしており、その後はもしかしたら「インディア・アズ・ナンバーワン」になるかもしれないという観測です。

 

ただし、その論拠はあくまでも人口、それも生産年齢人口に重きを置き過ぎているように見えます。

中国はすでに人口が下降し始めており、しかも若年層が少なくなっているのは紛れもなく、今後は成長率も落ちていく。

しかし、インドはさらに人口増加の勢いがあり、それが成長率につながるという見方です。

確かに人口の動向や「成長率」という面で見れば大きな要素ですが、それは逆に社会の不安定要素でもあり、だから次の「ナンバーワン」になるといった観測はあまりにも簡略化しすぎではと思い、本書読み方にも少し熱が薄れかけました。

 

ところが、最終章の「私たちはいかなる道を選ぶのか」に至り、印象がまた変わりました。

2014年という、安倍内閣がまだ勢いがあるかのように見られていた時期に、さらに読売新聞出身という著者の経歴からも安倍びいきかと思いきや、この時点で安倍政権に対する的確な批判を次々と示しており、経済はともかく政治に対する見方はなかなかしっかりしたものと感じました。

首相はなぜ靖国神社を参拝すべきではないのか。

ゆがんだ歴史観村山談話の否定

尖閣諸島問題をいかにして解決するか

安倍内閣の「新しい日本」は時代錯誤の古い日本

独りよがりの対中牽制外交

など、各段落ごとの表題を見ても極めてバランスの取れた政治的見方をされているというイメージでした。

 

最後は「米国の重荷となった安倍日本」と題された文章ですが、これはオバマ時代のアメリカであって、まさか現在のトランプ政権で「米国のスポンサーとなった安倍日本」になるとは、著者の荒井さんもこの時には想像できなかったでしょう。

 

しかし、本書刊行から5年間の世界の動きも予想外だったかもしれませんが、今のコロナウイルスに脅かされる世界はそれ以上に驚くべき変化をしそうです。

 

 

桜の開花状況

どうせ花見もできないんですが、やはり気になって当地の桜の名所八代城址をまた見てきました。

肺炎流行をものともせず、私も十分高齢者でなおかつ基礎疾患あり、怖さもあるもののぽかぽか陽気と快晴の空に誘われて行ってきました。

 

数日前に一輪だけ咲いていましたが、今日でもまだ多い木でも2分咲き程度、遅い木はまだ咲いていない状況です。

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こちらではこの後数日間天気が崩れて雨も降るようですので、そのあとに咲きそろうのかもしれません。

 

なお、先日は「出店も来ていない」と書きましたが、今日見たらなんと2軒、イカ焼きとタコ焼き屋が店を構えていました。

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いつもならぎっしりと出店が並ぶ場内にイカ焼き屋が出ており、もう一軒は堀を渡る橋の上にありました。

とても客が来るとは思えないのですが、家で寝ているよりはましとでも思ったのでしょうか。

 

人間界の混乱もよそに花はいつものように咲くようです。

 

 

「嫌いなのに離れられない人」加藤諦三著

夫婦・恋人、親子など最も親しいはずの関係でも「相手を嫌い」という人がいます。

そして、嫌いなら別れればよいのにそれができない人が多いようです。

そこには、相手に依存しながら相手に失望し、そのために嫌いになってしまっても別れることは考えられないという関係があるようです。

 

このような心理はそれほど珍しいことではなく多くの人々の中にあるようです。

それを、心理学を長く研究し人生相談などでも多くの事例を扱ってきた加藤さんが分かりやすく記述しています。

 

依存心と敵意というものは分かれがたく関連しています。

誰かに依存するということは、相手を支配したいということでもあります。

赤ん坊は自分の母親に完全に依存していますが、同時に母親を支配しようとします。

自分の思うようにならなければ泣いて騒ぎ母親に対処を強制します。

思春期の男子も母親を「くそ婆」などと言いながら母親に依存しています。

そして、もしも思い通りにならないままであれば相手を憎悪するに至ります。

 

恋愛関係でもその始まりが間違っていることが多いようです。

愛から生まれる関係か、それとも依存心から生まれる関係か。

必ずしも愛しているから恋愛関係になるとは限らず、「孤独に耐えられないから、一緒に居たいから」出来上がる関係もあります。

そういった女性は相手が浮気を繰り返しても別れることができません。

「あなたさえ幸せならそれでいいの」というセリフはよく聞かれるものですが、それは恋愛ではなく、相手を失い別れることを恐れているだけなのかもしれません。

 

親子関係でも、倒錯した関係性があります。

親が心理的に幼児であるという人も増えています。

親が幼児ならどうなるか、その人は母親を必要とします。

実際に近くに本当の母親がいれば良いのかもしれませんが、そうでなければ自分の子どもを母親代わりにしてしまう場合もあります。

その親は子供に愛されることを求めます。

これは親子の「役割逆転」です。

そして、子供が十分に自分を愛していると感じられなければその親は子供を憎むようになります。

こうして躾と言う名の子どもいじめを繰り返す親が出来上がってしまいます。

 

どうやら、何かに依存するという心理が多くの問題を引き起こしているようです。

アルコールや麻薬に依存したら中毒になりますが、その相手が配偶者や子供であれば人間関係が壊れていくということなのでしょう。

 

嫌いなのに離れられない人 人間関係依存症の心理

嫌いなのに離れられない人 人間関係依存症の心理

  • 作者:加藤諦三
  • 発売日: 2014/10/21
  • メディア: 単行本