爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ドビュッシーやワインを美味にするか?」ジョン・パウエル著

音楽というものは人間の心理に大きな影響を及ぼすということは誰でも同意できることでしょう。

それについて物理学者にして音楽家のパウエル氏が科学的に解き明かしていきます。

なお、パウエル氏の前著「響きの科学」という本は以前に読みましたが、そこでも表れているブリティッシュ・ジョークはここでも健在でありさらに強力になっているようです。

訳者の濱野大道さんが「訳者あとがき」で書いているように、「翻訳をしながらずっと笑わせてもらった」そうです。

なお、濱野さんもよく理解できないジョークがありそれについて著者にメールで質問したところ丁寧な返信があって詳しく解説してくれたとか。

 

内容は音楽と人間の関わりから音楽自体の解説、たとえば「メロディって何?」といった音楽の本質に迫るような分析まで多岐にわたり、非常に興味深い内容となっていました。

音楽に興味のある人には非常に面白く感じられると思います。

 

詳細は読んでもらう方がよいとして、印象深い点をいくつか紹介しておきます。

 

「音楽の才能」ということがよく語られます。

プロ級になるような人にはやはり音楽の才能がなければとか、自分には音楽の才能がないとか。

ところが1992年に音楽心理学者のスロボダ教授を中心とするイギリスの研究グループがそれに関する実験を行ったそうです。

プロ級から楽器の勉強を始めたもののすぐにあきらめた人までを集めました。

イギリスには音楽の能力を測るシステムが存在しており、それを「グレード・システム」というのですが、それで対象者をランク分けして調査し、さらに時間をおいてレベルが上がるかどうかを調べました。

そこでわかったのは、上から下のランクまで共通して言えるのは「練習すればするほどレベルが上がる」ということで、そこにはグループ間の差はありませんでした。

その差は何に由来するかというと「たくさん練習する努力ができるかどうか」だけだったそうです。

なお、プロの中でもトップレベルという人たちについてはこの範囲内ではわからないようです。

 

音程というものは常に変動する要素を持っており、それが変わらないといえるのは電子楽器だけのようです。

管楽器は気温によっても音程が変わりコンサートの最中でも変化することがあります。

弦楽器では張力が弱まることで徐々に変化していきます。

また演奏者の力によっても大きく変化し、特にフレットのないバイオリンやチェロなどでは音程のふらつきは不可避です。

これについて、神経科学者のジェシー・チェンのチームがチェロの演奏者の音程の正確さを調査した研究があります。

経験の長いプロのチェリストを集めて27㎝離れた二つの音を素早く移動する動きをさせたところ、彼らでも指が6㎜以上ずれているケースが多いことがわかりました。

ただし、これを8分の1秒という短時間で繰り返した場合厳密には音が少し違うはずですが、誰が聴いても正確な音程にしか聞こえなかったそうです。

このような短いフレーズでは演奏者も聴き手も最初と最後の音だけに大きな注意を払い中間の音が不正確であることにはほとんど気づかないためです。

 

現代の西洋クラシックの音楽は即興を良しとせずすべて作曲者(もうほとんど死んでいる人ばかり)の指示通りに演奏することになっています。

演奏者に許されているのは感情的な効果を上げるためにわずかにタイミングを変えることしかありません。

それに対し西洋音楽でもジャズは即興演奏がもっとも多く取り入れられています。

しかし、その「即興」はどの程度の自由度があるのか。

多くの場合リズムやコードは決まっていてその中での少しばかりのバラエティかもしれません。

西洋音楽では即興が幅広く取り入れられているものもあります。

ただし、この場合もどのような「即興」かという点ではまちまちです。

イランの伝統音楽では30秒から4分間程度の「ラディーフ」と呼ばれる短い旋律を300個暗記しなければ演奏者となれません。

そのラディーフを即興的に組み合わせて演奏することがその音楽の演奏ということです。

 

なかなか興味深い話が満載でした。