爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「気候で読み解く日本の歴史 異常気象との攻防1400年」田家康著

著者の田家(タンゲと読むそうです)さんは金融関係にお勤めの傍ら、気象予報士の資格も取り現在は気象予報士会東京支部の副支部長という方です。
専門の研究家ではないのですが、巻末の参考文献リストも膨大なもので、非常に広く勉強をされている様子が分かります。
歴史時代に入ってからも数多くの温暖化と寒冷化が繰り返され、それに人間社会は大きな影響を受けていたと言うことで、その要因も太陽活動の変動、火山の巨大噴火、エルニーニョ現象等が組み合わさって起きたという非常に的確な認識かと思います。
専門の科学者と言いながら、現代の温暖化が始まるまでは安定した気候が続いていたなどと言う連中も多い中で、見るべき意見でしょう。

8世紀というと、世界的には温暖化が進み人口も増えた時期のようですが、日本においてはちょうど大和政権が拡大した時期でした。そのために生産も安定して人口が増加すると言うのが普通なのでしょうが、日本においては都の造営が続き、大量の森林伐採が起こってしまい、近畿の山はほとんどが禿山に化したそうです。それは水田の農業生産にも影響を及ぼし、温暖化が旱魃につながってしまいました。降雨を貯めておくという森林の機能が失われ、灌漑設備はいまだ貧弱なままだったので、そうなってしまったのでしょう。そのために日本の人口は増えるどころか停滞してしまったようです。
近畿の山々から森林が失われたあとは、アカマツが林を作りました。実はマツタケが繁茂しだしたというのもここから始まるようで、マツタケ山というのも人為的な森林破壊の結果だという著者の指摘です。まさにそのとおりでしょう。
そのような旱魃の対策ということも当時の政権には行う能力はなく、ただ祈祷をするばかりだったそうです。さらに新たな都の造営や東北地方への遠征も行われ、律令体制は崩壊していきました。土地は口分田として与えられても水がなければ耕すこともできず、農民は逃げ出して荘園に逃れたということです。

その頃からは文献資料も残っており、特に京都周辺での桜の開花日というのは花見の記録と言う形で分かるようです。その当時はソメイヨシノではなくヤマザクラのようですが、4月はじめという温暖な時期もあるものの近世では5月にずれこむこともあったようです。

1250年頃には巨大な火山噴火が起こり、世界的にも極端な低温化が起こり各地で飢饉と疫病の流行が起きました。ヨーロッパでも広範囲に飢饉が起きましたが、日本でも日蓮立正安国論の中で触れているそうです。それとともに太陽活動の沈静化が起こり、引き続いて寒冷化してしまいました。エルニーニョ現象が起こったかどうかということを推定してみると、中世温暖化期には5年に一度程度だったのが、13世紀半ば以降は2-3年に一度に増加したそうです。
寒冷化で海水面も下がったために1333年の新田義貞による鎌倉攻めの際には稲村ガ崎で幕府方の防衛線を外す形で海岸から攻め入って一気に落としたそうです。

1330年から1420年頃までは少し温暖化したために、飢饉の発生も西日本の旱魃だけで済んだのですが、その後急激に寒冷化し、飢饉が深刻化します。これが一気に足利幕府の根底を揺るがし、戦国時代に突入する遠因になったようです。世界的には1470年頃から気候も回復し生産性が戻り人口も増えてきますが、日本だけは戦国時代の生産性破壊により低落したままだったそうです。
江戸幕府が開設され政治的に安定したために、江戸時代前期には新田開発などで大きな生産性向上がおき、人口も増加します。しかし、17世紀半ばからは寒冷化が進み大きな飢饉が発生していきます。江戸幕府という政治体制が大名の連合のようなものだったために、地域的に独立した各藩の間での食料融通といった対策もほとんど取れず、冷害対策に失敗した藩では餓死者が発生するのに、他の藩では大丈夫といった例も頻発したようです。
ちょうど五代将軍綱吉が犬をはじめとした動物愛護の生類憐れみの令を発したということで、飢饉になっても家畜や野生動物も食べるわけには行かず、さらに餓死者が増したと言うこともあったそうです。

気候変動が今後どのようになるかということは良く分からないのですが、著者の指摘するように1991年のピナツボ火山の爆発以降、巨大と言われる火山爆発は起こっていません。これまでの記録では巨大噴火は世界の各地で続けざまに起こる傾向があるようです。そういった時期はいつかは来るでしょうし、それが明日かも知れません。農業技術が大きく進歩してはいますが、本当に大丈夫でしょうか。
数多くのデータで非常に説得力のある本でした。