爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「暴走する文明」ロナルド・ライト著

歴史家にして小説家、エッセイストでもある著者が、これまでの暴走し衰退した文明の例をあげ、そしてそれ以上に暴走している現代文明に警鐘を鳴らしています。

そのもっとも危険な状況は「温暖化」であるということです。

 

シュメール、ローマ、マヤ、イースター島の4つの古代文明はそれぞれ1000年の間に自然の恵みを上回る暴走をして破滅しました。

エジプトと中国はその例外として続いていますが、その様相についても触れています。

 

我々は、現代文明だけは例外と考える癖がついているようです。

これまでの文明は愚かなために自壊したけれど、我々はそんなことはないと。

しかし、温暖化をめぐる各国の対応を見ていると決してそうではなく、やはり破滅への道を歩いているようです。

 

アドルフ・ヒトラーは「考えない国民を持つ支配者はなんと幸運なんだろう」と言ったそうです。そのうえ、「支配者まで考えなくなったら」どうなるでしょうか。

 

 

暴走する文明―「進歩の罠」に落ちた人類のゆくえ

暴走する文明―「進歩の罠」に落ちた人類のゆくえ

 

 歴史については非常に博学多識な著者のようで、その点は興味深く読むことができたのですが、現代文明の危機が「二酸化炭素温暖化」というのはちょっといただけません。

それ以上に危ない問題が、食料供給危機、化石燃料枯渇の危険性、宗教対決、難民問題等々山積です。これを主張して現代文明危機と言ってくれれば素直に納得というところでした。

 

「貧困襲来」湯浅誠著

読んでいる内に怒りが湧き出してくる本は何度か読んでいますが、(「日米地位協定入門」)この本も同様です。

「日米地位協定入門」前泊博盛著 - 爽風上々のブログ

もちろん、本に対して腹が立つ訳ではなく、その描いている事象や社会に対して怒るわけですが。

 

怒りの対象は当然、政府が主ですがこの本の場合は経済界、そして無関心な我ら自身も含みます。

 

著者の湯浅さんは、NPO法人「もやい」の事務局長として長らく貧困者の救援に携わって来られた方です。

生活困窮者の生活保護申請にも1000人以上に同行し、できるだけその申請を妨げようとする役人と渡り合ってきたという経験もお持ちです。

 

「貧困」とは「低収入」と同じではないそうです。

もちろん、全ての貧困者は低収入ですが、低収入であっても条件が良ければ何とか貧困にならずに済む人もいます。

しかし、その条件、それを著者は「溜め」と呼んでいますが、それがなくなってしまえばあっという間に貧困に転落します。

 

かつての日本社会では、低収入であっても様々な溜めがあり何とかやっていけました。

しかし、形を変えた給与とも言うべき企業福祉がどんどんと廃止され、これまでは肩を寄せ合って暮らしてきた家族もそれぞれが自立できる収入を失っていくと、低収入が直接貧困につながるようになります。

ヨーロッパ先進国と比較してはるかに劣る国家による社会福祉は、企業や家族の支えがあってこその程度のものだったのですが、それが失われつつあっても政府が取り組むことはありません。

これを自覚すること無く、50代以上の人々は若者が甘えていると考える事が多いようです。しかし、実は高齢者の若い頃は企業や家族に支えられていただけのことであり、やはり昔は「甘えていた」のです。

 

生活保護基準というものがありますが、生活保護を受けていなくてもそれ以下の収入で生活している人もいます。生活保護基準以下の人のうち、実際に生活保護を受けている人の割合を「捕捉率」と呼びます。

イギリスの捕捉率は90%、ドイツは70%ということですが、では日本は?

なんと日本は1966年以降まったく捕捉率を調べていないそうです。

日本の行政は貧困というものを見ようとしていないということです。

 

格差論が盛んとなっていますが、著者は格差だけを語ろうとしても貧困とは別物であるとしています。

格差是正だけを言っていると貧困に目が向かないとうことです。

 

社会保障をどんどんと削る方向に政策が向いています。

社会保険方式の年金や健保になっているので、掛け金を払う側が少なくなれば給付も少なくなるのが当然としていますが、実は税金も多く投入されている制度です。

実は、その税金投入を減らしたいがための給付削減であり、税金の使い方というところから含めて考えていかなければならない問題です。

 

生活保護を断られたために餓死した人がでたという、事件が北九州市で起きました。

北九州でそれが起きたのは偶然ではなく、「ヤミの北九州方式」とでも言うべき生活保護政策があったそうです。

生活保護の受給者数は1995年に最少となった後、全国で増加し1.7倍に増えています。しかし、北九州市だけは減少していました。

生活保護申請者を追い返すということを目的に、「見事な」システムを作り上げていたそうです。

そして、今やこの「北九州方式」が全国に広がろうとしています。

 

貧困者を食い物にする「貧困ビジネス」の横行も蔓延しています。

人材派遣会社もその筆頭です。

さらにネットカフェのようなところも住む場所もない貧困者の寝泊まりするところとしての性格が強くなっています。

他にも敷金礼金不要と称するアパート(実は借家人保護の法律逃れのもの)、保証人ビジネスなど、困った人々を食い物にする商売が多くなっています。

 

巻末に著者は「私たちにできる10のこと」を挙げていますが、そのうちのひとつだけを紹介しておきます。

それは「自己責任論」とはオサラバすること。

野宿をする人や、ネットカフェで寝泊まりする人を見ると、誰もが少しは「ああなる前に何かやりようがあったのじゃないか」と考えがちです。

「貧困」は本人の努力が足りなかった、実力が無かった、運が悪かったという問題ではなく、社会の側の問題であるということをはっきりと意識する必要があります。

 

貧困襲来

貧困襲来

 

 貧困者がどの程度いるのかすら、日本政府は把握しようともしないということには呆れ、怒ります。

これに取り組まずにミサイルやレーダーに数千億を平気でつぎ込むことなどやっているといつかは日本国内に火種を育てることになるでしょう。

 

「枇杷種粉末」の広告がうるさい。ビワ種子の食用に農水省が注意喚起したばかり

今週日曜日に、定例更新された「安心?!食べ物情報」で見かけた記事ですが、まあ取り上げるまでもないだろうと思い触れていなかったものです。

http://food.kenji.ne.jp/review/review942.html

 

ところが、その記事の確認のために「ビワ種」で情報検索をしたところ、アホなクッキーが反応してやたらネット広告が表示されるようになってしまいました。

相当にうるさく、不愉快なのでここで一応触れておきます。

 

ビワの種子(果肉部分ではなく中心の黒く硬い部分)はもちろん普通には食用にされません。

たいていはビワを食べる際は種はそのまま捨てているはずですが、それを粉末にしてしかも身体に良いと称して(高価で)売りつけようという輩が出ています。

 

ビワの種には「アミグダリン」という成分が含まれていますが、これは青酸配糖体の一種でそのものには毒性は無いものの分解される途中で青酸を生じる可能性があるというものです。

アミグダリン - Wikipedia

また、かつては制癌作用があるとか、ビタミンB17であるとかいう説が出たこともありますが、現在では双方とも否定されています。

 

そういった経緯を知ってか知らずか、未だにこれらの語句を謳い文句にしてビワ種粉末として売っている業者がいるということです。

 

あまりの現状に危機感を持ったか、農水省が注意喚起したところです。

http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail3632.html

 

これは、有効成分とされているアミグダリンそのものが有害であるという分かりやすい例でしたが、他にも天然物であってもこれまで普通に食用とされていなかったものには危険な成分が含まれている場合がよくあると思います。

 

伊方原発の運転差し止め判決 その理由が「阿蘇山噴火」???

四国電力伊方原発の運転差し止めを求める裁判で、広島高裁が差し止め仮処分の判決を出しましたが、その理由が「阿蘇山の巨大噴火」だそうです。

www.nikkei.com裁判官などに科学的事例についての判断などさせるから、こういった判決が出ることもあります。

法律の文章と判例だけを見ていれば良いものを。

 

阿蘇山に限らず、カルデラ火山の巨大噴火は大きな災害をもたらす可能性があります。

9万年前の阿蘇山カルデラ噴火では九州一円を火砕流で覆ったほどであり、火山灰も日本列島全土に及びました。

そこまで大きくなかったものでも、7300年前に起きた鹿児島南部の鬼界カルデラで起きた噴火では南九州の縄文文化を滅ぼしました。

 

確かにカルデラ噴火は怖ろしいものですが、もしも伊方原発まで火砕流が及ぶほどの噴火であればそのわずか前に九州全土が破滅しています。

そこまで行けばもうどうでもいいじゃないと言うわけにもいかないかもしれませんが、それを恐れるのなら日本にはそもそも住むべきではないということです。

オーストラリアでもどこでも移住したほうがよろしいかと。

 

まあ、どうせ他の裁判官は差し止め却下の判決を出すでしょうが、それを見越して述べておきます。

 

裁判所に原発の可否を決めさせることはできません。

政権がそれを求める以上、止まりません。

原発を止めたければ、原発阻止を実行する政府を樹立しなければどうしようもありません。

法廷闘争など、象徴的な意味しか無く国民にもまたかという思いを抱かせるだけでしょう。

原発阻止とともに、脱エネルギー社会樹立を目指す政権を作るのが一番の近道です。

 

温暖化ガス排出量、3年連続減少だが減少率は0.2%

日本の2016年度の温暖化ガス排出量は3年連続で減少したものの、その減少率はわずかに0.2%に留まったようです。

www.nikkei.com

温暖化による気候変動のせいで、気象災害が増加とか、そのうちにスーパーハリケーンが来襲するとか、脅し文句が飛び交っていますが、本当にそうならもっと真剣に対策をしたらどうでしょう。

 経済成長への影響がどうとかいった言い訳ばかりで、誰も温暖化による危険など信じてはいないようです。

有名なのはかつてのアメリカ副大統領ゴアでしょう。さんざん脅しをかけるような本を書いておいて、住んでいるのは豪邸でエネルギー使い放題という話です。

 

「省エネによる温暖化ガス発生削減」などと言っても、それが10%減ったからといって本当に温暖化が防げると思っているのでしょうか。

人為的な温暖化ガス発生をまったく0にしたところで、当分はじりじりと温暖化が進んでいくでしょう。

 

私の立場は、このブログの「エネルギー文明論」の項で繰り返し述べているように、「即刻、エネルギー使用の削減」です。

sohujojo.hatenablog.com

ただし、この理由は「二酸化炭素温暖化論者」たちとは雲泥の差があります。もちろん私が雲です。

それは、「化石エネルギーは奇跡のような素晴らしい存在であり、それを現代だけで使い果たすことは許されないから」ということです。

さまざまな有効な有機物質の減量として、化石燃料ことに石油は非常に優れた性質を持っています。

そんな貴重な石油を、単に燃やして熱源としたり、自動車を動かすだけの内燃機関燃料などとして消耗するのは後世の人類の取り分を盗み取るような犯罪です。

そのためにもできるだけ早く石油の使用制限を進め、同時にエネルギー使用制限も厳しく施行するべきでしょう。

 

経済への悪影響などということを言う連中がほとんどでしょうが、そもそもこの現代社会というものは「エネルギーバブルで膨らまされた異常社会」です。

早く正常なものに戻すためにも必要なことです。

 

いつまでたっても、温暖化ガス排出=エネルギーの使用に歯止めがかからないのは、「二酸化炭素温暖化」などという回りくどい説にしがみついているからです。

それから抜け出しまともな方向に進むことが求められます。

 

ミサイル防衛予算累計2兆円突破。新たに数千億円規模で増額へ。

2004年より配備を進めているミサイル防錆システム関係の予算が累計2兆円突破、さらにトランプ来日の際に約束した新規システム導入でさらに金額が増えそうです。

mainichi.jp

こういうところには湯水のように国費を投入しながら、社会保障関連には財源がないと言って削減しているのが政府です。

しかも、このような状況でもこれに対しての批判はしにくいような情勢にされています。どれほど巨額の国費投入でも「北の脅威に対し」という言葉で封じられています。

 

さらに、この記事の新聞紙面では(ネット版では省略してありますが)このミサイル防衛というものの実効性はいまだ確定していないともあります。

つまり、北朝鮮ミサイル実験のたびに仰々しく報道されている防衛システムも実際に飛んできたら撃ち落とせるかどうかもはっきりしていないということです。

以前はそんなシステムなど「撃ってくる弾丸にピストルで当てるようなものだ」という疑問を言う人も多かったのですが、最近はそのような論調は影を潜めてしまいました。

でも、やはりその危険性は高いもののようです。

つまり「張子の虎」「高いおもちゃ」なのでしょう。

 

当然ながら、その2兆円のほぼすべてはアメリカの軍需産業に流れ込みます。

トランプの商談来日もそれが目的でした。

それにほぼ満額回答で答えた安倍へのトランプの覚えもめでたいものでしょう。

誰のための政治か、見えてきます。

 

なお、イージスアショアなどのミサイル検知システムは必ずしも日本防衛だけの目的ではないはずですが、その点はどうなのでしょう。

「日本を狙った」ミサイルというよりは「アメリカ向けの」ミサイルを早期検知するシステムではないのですか。

その運営も日本自衛隊がやるのではなくアメリカ軍の管制下に入るのではないのですか。

だとすれば、その費用を日本が持つ必要などありません。

 

なお、ちょうど昨日「今年の漢字」が発表されて「北」となったそうですが、安倍首相はそれに対して「私の今年の漢字は”挑”だ」と語ったそうです。

www.nikkei.comご本人は数々のことに「挑み続けた」からだと考えているようですが、どう見ても「北朝鮮を挑発しつづけたから」のように思えます。

(間違えないでね・安倍が「挑発」しているんですよ)

ただし、首相にとってさらにふさわしい今年の漢字は「貢」とか「隷」でしょう。

もちろん、アメリカに「貢ぐ」、アメリカに「隷従」という意味です。

「ブナ帯と日本人」市川健夫著

「ブナ帯」という、ブナやミズナラといった木々が自然に生育する地域は、東北地方から中部山岳地帯まで日本の東北部に広く分布しています。

 

日本の植生を「照葉樹林帯」と呼ぶことが多いのですが、これはあくまでも西日本から関東沿岸部までであり、ブナ帯という地域とは明らかに違いがあります。

 

照葉樹林帯といっても、すでのその原始林が広く残っている所はありませんが、この気候は水田稲作にも適していたために、古い時代から切り払われて水田化が進みました。

一方、ブナ林帯はかつてのイネ品種には栽培不適だったために、かなり遅い時期まで水田稲作ではない独自の農業を行なっていました。

 

日本では照葉樹林帯文化が圧倒したためにブナ帯文化は傍流のように感じますが、実は世界的にはブナ帯という地域の方が多く、ヨーロッパ北西部、北アメリカ北東部がそれにあたり、現在の先進地域が含まれているようです。

 

とはいえ、日本ではややその意味が変わり、縄文時代ではブナ林帯が先進していたのですが、その後の古墳時代以降は照葉樹林帯が圧倒してしまいました。

奥州でブナ帯文化の流を汲み最後に栄えたのが平安時代藤原氏でしたが、その滅亡とともに日本中心部の文化に組み入れられて僻地とされてしまいました。

 

 本書の後半はブナ帯特有の産物、生活様式等の紹介に当てられています。

どうやら、これまでなんとなく「山の生活」として捉えてきたものは実は「ブナ帯特有の生活」であったようです。

水田というものもほとんど「イネ」を育てるところという感覚ですが、これも近代までの長い期間、東北地方や中部山岳地帯では「田ビエ」を栽培するのが普通だったそうです。

ヒエにもやはり「畑」と「田」の種別があり、広い範囲でヒエを栽培していたようです。

現在でも稲田では「雑草」としてヒエが自生しておりそれを取り除くのに苦労していますが、これもそのような環境であることの証ということです。

 

多様な日本というものをもっと意識して考えていくべきだということを改めて教えられたようです。

 

ブナ帯と日本人 (講談社現代新書)

ブナ帯と日本人 (講談社現代新書)