爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

八代市立博物館特別講演「郷土の名陶八代焼」聞いてきました

八代市立博物館の前副館長でこの前退職された福原透さんが講演をされたので聞いてきました。

福原さんは長らく博物館学芸員として八代焼(高田焼)を研究してきた方で、おそらく八代焼研究の第一人者と思います。(一人しかいないかも)

 


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八代焼は高田焼(こうだやき)とも呼ばれますが、江戸時代に細川藩の御用窯として栄えたもので、今でも作られています。

非常に優れた作品も多いのですが、江戸大阪にはそれほど名が通っていなかったので、逆に地元に優れた名品が残っている状況だそうです。

 

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その八代焼の歴史から、代表的な技法などを説明されていました。

 

秀吉の朝鮮出兵の後、朝鮮の人々がやってきました。

これも従来は朝鮮の陶工たちを拉致して連れ帰ったと考えられていましたが、そういう人々も居るものの、陶工ではなく日本に来てから陶芸を始めたという人も多かったようです。

 

一番最初は佐賀の唐津で始めたのですが、そこから各所に散っていきました。

北九州の上野(あがの)に移った人々のうちの一部が、その領主であった細川氏の熊本移封とともに肥後に移ったそうです。

最初は山鹿や熊本西方でも陶芸を試したのですが、結局は玉名近郊の小代と、八代のみで継続して作陶を行ってきました。

 

八代では最初は奈良木、その後は平山に移り、明治以降は日奈久に移りました。

最初の二箇所が「高田」(こうだ)地区ですので、高田焼とも言いますが、江戸時代には一般的に八代焼と呼ばれていたそうです。

 

伝統的な技法は、上の説明写真にもあるように「象嵌」というもので、整形した器をヘラやスタンプで切り欠き、そこに白土や黒土を詰め込み、釉薬をかけてから焼くことで模様を残すというものです。

 

細川藩が御用窯として育成し、殿様が幕府や他の藩への贈答用に使ったようで、民間にはあまり出回らなかったことで世間一般の評判は上がらず、他の有名産地ほどには知られていませんが、その技術は高いものだそうです。

 

福原氏は八代焼専門の研究者として八代市博物館に入ったそうですが、その当時には博物館には八代焼の所蔵は一つもなかったということです。

しかし、その後30年かけて名品を収集し、現在では100個以上収蔵したとか。

ただし、他の名産地のもののように、東京や大阪に流出しているものが少なく、地元の名家などに所蔵されているものが多かったために、収集はわりに楽な方だったようです。

 

面白い話を聞くことができました。

 

「日本人は集団主義という通説」は誤り?

ツイッターで勝川俊雄さんが紹介されていたので、原文を見に行ってみました。

www.u-tokyo.ac.jp東京大学高野陽太郎教授が調査検討した結果ということです。

 

「日本人は集団主義」ということが、「欧米人は個人主義」と対比するような形で言われることが多いのですが、それを実証する調査研究等はほとんど行われておらず、「ルース・ベネディクトの”菊と刀”から広まった」ということが言われています。

しかし、これも正確な事実ではないようです。

 

ベネディクトが指摘する以前に、実際に「集団主義」とみなすべき状況があったのですが、それは第二次世界大戦という国をあげての戦争に対処するための行動であり、アメリカですら同様の心理状態に向かっていったのであり、「日本人が集団主義」というような決めつけはできないものでしょう。

 

そこで、高野教授はこの事象を研究した多くの研究例の中から、実証的であると考えられるものを選び検討しました。

心理学、言語学、教育学、経済学等の分野で研究されていますが、どこの分野でも「日本人が特に集団主義的」であることは示されず、逆にアメリカなどの欧米諸国の方が集団主義的とみなせる例も多く存在しているようです。

 

このような通説ができあがった要因についても考察されています。

菊と刀」というような著作で日本に触れた欧米人は、直前の戦争時に日本人が集団主義に固まったことを見て、それが事実だと信じたようです。

しかも、アメリカ人は「個人主義」にこだわりを持ち、自らがそれであると信じる傾向があり、それと異なる異文化として日本人を類型化して理解するという傾向があったようです。

それを見た日本人の方でも否定することもなく受け入れてしまったのでしょうか。

 

まあ、周りを見回してみれば、日本人が集団のために何かするなどということはないということが、すぐ分かりますが。

 

トランプ大統領訪日、東京は厳戒態勢、何をしに来るやら。

トランプ大統領が今日から3泊4日の長期間にわたり訪日するそうで、東京は厳戒態勢になっているようです。

天皇に謁見するのは国家元首としては最初だとか言っていますが、本当の目的はなにでしょう。

www.nikkei.com安倍がアメリカに行っての朝貢では、多額の兵器購入などを決めさせられたりと、あの二人が会うとどうやら必ず散財がついてくるようですが、貿易交渉も今後が心配です。

 

それにしても、ゴルフは勝手にやってもらえば良いだけだけど、大相撲のそれも千秋楽、今日の結果次第では優勝争いもまだ残っているところに、マス席を広く開けて観戦とか。

迷惑な話でしょう。

結果に影響が出なければよいけど。

 

「ローマ貴族9つの習慣」マルクス・シドニウス・ファルクス著、ジェリー・トナー解説

古代ローマ帝国の貴族の生活や習慣などについて、帝政ローマで執政官も務めたという上流貴族のマルクス・シドニウス・ファルクスさんが、現代人向けに書いたということになっていますが、そんなはずはなく、実際に書いているのは当然ながら解説者として登場しているジェリー・トナーさんです。

トナーさんはケンブリッジ大学の研究者ということですので、古代ローマについても精通しているということで、あたかも実際に古代ローマに住む貴族が現代人にあてて説明しているかのような風情であり、おそらく内容にも間違いはないのでしょう。

 

このような構成の本を以前に「奴隷のしつけ方」と題して出版し、そこそこの売れ行きを達成したということで、二匹目のドジョウを狙ったのでしょうか。

 

古代ローマの人々の生活や習慣、意識といったものは、現代のヨーロッパ人とは大きく異なっているということは知られていることでしょう。

ローマもキリスト教を受け入れそれを国教とするようになってから人々の意識も大きく変わっていき、それで古代ローマ帝国は滅亡したと信じられています。

そうであれば、古代ローマ貴族の意識を覗くことでまた繁栄の基が作られるかも知れません。

 

そんなわけで、本書はローマ貴族として地位と資産を築くにはどうすればよいか、貞淑な妻を娶るにはどうすればよいか、等々、古代ローマの各種の記録を十分に駆使して説明しています。

ハイライトは、第7章の「ローマ人の精神を身につける」といったあたりでしょうか。

未だ堕落の道に陥っていなかった時代のローマ貴族は、国家のために身を捨てるという英雄譚が好みであったのでしょう。

そして、最終章の「誉れ高く死ぬ」に続いていきます。

 

なかなか面白い読み物ですが、ヨーロッパ人の読み方と日本人の捉え方はかなり異なるかも知れません。

テルマエ・ロマエで描かれたように、風呂好きでつながる日本人は古代ローマ人の意識と近かったのでしょうか。

 

ローマ貴族9つの習慣

ローマ貴族9つの習慣

 

 

夢の話「海中の島の独立峰を登山」

久々にまた、夢の中で疲れ果てて目が覚めたらぐったりという夢でした。

 

舞台は島のようです。

それほど大きな島ではないのですが、中央部にかなり高い山があり、一つの島がその高山の山麓と言えるようなところです。

(といえば、まさに屋久島そのものといったイメージです。屋久島には行ったこともありませんが、つい先日集中豪雨で報道されていました)

 

私はその山に登るために訪れています。

一人なので、山岳ガイドを雇い一緒に登り始めます。

どうやら石灰岩地帯のようで、切り立った岸壁を登るのですが、岩がどんどん崩壊していきます。

それでもなんとか頂上までたどり着くと、そこにはなんと大きな山小屋。

 

そこで一泊するのですが、他にも登山客がおり、彼らが酒を飲み始めてうるさいこと。

 

翌朝になり、島を出る船便の時間も迫るために下山しなければならないのですが、降りるほうが難しく出発時間が迫ります。

 

というようなわけで、いつもの「遅れる遅れる」という緊迫感で追いまくられるという、よくある悪夢でした。

 

なお、何度か書いているかもしれませんが、私は低山のハイキングやドライブウェイ完備の山(木曽駒、草津白根や阿蘇)には登ったことはありますが、本格的な高山の登山はやったことはありません。

しかし、何度かこういった夢は見ますので、潜在的には登山への憧れがあるのでしょう。

「廃線紀行 もうひとつの鉄道旅」梯久美子著

私も子供の頃から鉄道好き、模型や列車の写真撮影などをやってきましたが、「廃線」にはまったく興味を感じませんでした。

しかし、それなりに見どころや深味があるようです。

 

廃線というものが全国に何か所あるかも知りませんが、本書では著者の梯さんが実際に歩いて訪れた(著者は車の運転ができないそうです)、ものの中から精選した50箇所を紹介しています。

とはいえ、限られたページですので、写真が1枚、地図が全体図1枚、詳細図1枚で、全4ページずつとなりますので、あまり詳しく説明されてはいません。

 

鉄道が廃止された跡の廃線というものは、ある特徴があります。

それは、トンネルと橋梁はかなり残っている可能性が強いということです。

レールは金目のものですからすぐに外しますし、駅の遺構もよほど残したいという人がいない限りは失われやすいのですが、トンネルと橋梁、特に橋桁は取り壊すのにも費用がかかり、残っているからと言ってそれほど邪魔にもならない位置にあることが多いので、廃線後長い時間が経ってもそのままということが良くあるようです。

 

取り上げられた50箇所は、名前だけは知っているというところもあまりないほどで、初耳ということが多かったのですが、よく知っている場所や関係があったところなど数箇所ありました。

 

千葉県の千葉市津田沼市の周辺には、かつて陸軍の鉄道連隊というものが置かれ、その所在地に近かった現在の千葉公園には兵士の教育用に作られた演習用橋脚と演習用トンネル(といっても長さ数m)が残っているそうです。

実は私の亡父が戦争中に召集され所属したのが鉄道第2連隊でした。

もう若くはなかったので、終戦間際の追加召集だったようです。

当時の話もそれほど聞いたことはありませんが、もしも第1連隊だったら海外に派遣されて生きてはいられなかっただろうと語っていました。

 

姫路市営モノレールというものがあったようです。

現在、娘の一家が姫路に住んでいますので、何度か訪れていますが、このようなものがあったとは何も知りませんでした。

1966年、姫路博覧会というものが開かれた時に、姫路駅から会場の手柄山までの間のわずか1.6kmで運行したそうです。

しかし、元々ほとんど需要も無かったところなので、その後すぐに運行停止、わずか8年間の期間だけだったそうです。

ただし、現在でもモノレールの支柱や桁が撤去もされずにあちこちに残っているとか。

今度行った時には見てやろうと思いました。

 

上述したように、橋桁やトンネル跡というのは比較的残りやすいのですが、「築堤」というものが珍しく残っているのがJR宇部線の旧線だということです。

築堤というのは、線路を水平にするために低いところには土を盛って一見堤防かと見えるようなものに作られるものですが、廃線されてもそのまま残っているということは少ないようです。

宇部線岩鼻駅から旧宇部新川駅までを結んでいた旧宇部線は、1952年に新線に付け替えられ廃止されたのですが、線路の跡はほとんどが道路に転用されているものの、厚東川沿いの一部にだけ築堤が残っているそうです。

築堤と川の風景が美しくいつまでも記憶に残るものだったとか。

 

梯さんは本職はノンフィクションライターとか。

さすがに上手い文章で、旅心をくすぐられるものでした。

 

カラー版 廃線紀行―もうひとつの鉄道旅 (中公新書)

カラー版 廃線紀行―もうひとつの鉄道旅 (中公新書)

 

 

プラスチックゴミ問題、回収や処理が問題か、

海に多くのプラスチックゴミが漂い、生物の体内にも取り込まれていると言った問題が大きく取り上げられるようになっています。

その回収率の低さや、処理の問題、途上国にゴミを輸出すると言ったことが言われています。

toyokeizai.netたしかに、ポイ捨てなどの行動は論外ですし、廃棄物の海外移転も問題ですが、ゴミを問題化する前に、プラスチックの使用量を減らさなければ仕方ないでしょう。

 

それにしても、プラスチックの原料のほとんどは石油であることは忘れられているのでしょうか。

植物由来プラスチックなどというものも研究はされていますが、ほとんどまだ使い物になっていません。

 

石油の供給量には限りがあり、いずれは減少していくでしょう。

そうなれば、動力源や熱源としての問題もさることながら、プラスチック原料が減少して、価格も高騰するということになるでしょう。

その時になってからあわてても遅いのです。

今から、プラスチック使用をできるだけ減らしていく社会というものを構築していかなければ。

問題は、使い捨てのストローやレジ袋だけではないのです。