爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

首都直下地震や南海トラフ地震などの番組が放送されたが、一番やるべきことは何か。

NHKで集中して「首都直下地震」を題材とした番組や南海トラフ地震対策のものが放送されました。

www.nhk.or.jp

まあほぼ内容も想像できるのでほどんと番組を見ることもありませんでしたが、やはり多くの人が衝撃を受けたことでしょう。

 

最悪の場合何万人の犠牲者が出るといった予測が出されますが、東京に住む人のどれだけが「自分がそれに入るかもしれない」と考えるでしょうか。

普通の感覚なら、自分がそこにいると思うとその危険性を考えるだけでも恐ろしいと思うのですが。

 

さて、それでもやはり何かは対策をしなければということは考える人が多いでしょう。

しかし、個人でできることはせいぜい自宅などの耐震性増強の改築や、家具の転倒防止、非常用物品の備蓄などでしょう。

自治体や国も道路や橋などの補強、河川堤防の改修などしか考えていないのでしょう。

 

しかし、一番急ぐべきことはほかにあるのでは。

 

もしも東京や大阪、名古屋といった日本の人口稠密地帯にして最重要地域が大地震などに襲われた場合、多数の犠牲者が出ることもさることながら、政治経済の中枢が打撃を受けることが大問題でしょう。

 

「政治経済の中枢の移転」が最重要では。

 

これまでも首都機能の移転などといった論議はされていたものの、具体的にはほとんど動くこともなく、何もしていないというのが実情です。

 

首都機能移転 - Wikipedia

なお、「首都機能移転」などといった中途半端なことを言い出すから動くこともなく(まあ動く気もなかったのでしょうが)、やはり「遷都」および「副首都設置」を目指さなければ駄目でしょう。

 

建物がいくら頑丈に作られていても、周囲の社会が地震で大きな被害を受ければ政府だけが無事というわけには行きません。

危機対応のためにも重要施設の分散というのが当然の対応ですが、そのようなことすら考えられないのが現政権でしょうか。

 

本来ならば、経済関係の中枢もできるだけ分散することが必要でしょうが、民間企業はそれぞれの判断で動くでしょう。

しかし、国家機関はしっかりとした信念を持ちできるだけの安全策を進めていくべきです。

それができてこそ、本当の「歴史に残る政権」でしょうが、今のままでは「歴史に残るほどの汚濁政権」でしかありません。

 

しかし、今の政権にそれをやらせたら「各地の利権をあさり放題」になるか。

「複合不況」宮崎義一著

1980年代のバブル、そしてバブル崩壊という事態は日本にとって未経験のことであり、その後も長くその影響が続いてしまいました。

バブル自体の評価というものもその時には定まっていなかったのでしょうが、その崩壊ということも経済の専門家の間でもよく分かっていなかったことなのでしょう。

 

この本は、当時の理論経済学の専門家であった京都大学名誉教授の宮崎さんが、その結果の不況は「複合不況」とでも言うべきものであり、様々な要因が重なってできたものだということを書き記したものです。

 

もちろん、この「複合」と言う言葉はその少し前に有吉佐和子の小説「複合汚染」のタイトルとして使われて大きな話題となり、様々な汚染物質が重なり合って大きな汚染状態となるということを表しており、この頃の経済状態と印象が重なったことを意味しています。

 

1990年の日本経済は、バブルで上がり続けていた株価が暴落し、前年末に38915円の最高値をつけていたのが、その年末には23848円と大幅に下落しました。

しかし、その他の指標による実体経済は不況の様子もなく順調に推移していました。

このような、株価と経済の乖離という事態は経済専門家の常識を覆すものでした。

世界経済を動かすマネーというものが、実体経済からは遊離して動いていたという、それまでには想像できない事態が始まったということでした。

 

その後の流れはこの本の出版時にはまだ想像ができなかったのでしょうが、実体経済も長く停滞が続くというものになってしまいました。

しかし「マネーの暴走」ということがさらに拡大してしまったということはすでに確定した事実となっています。

それが確認されたということで、歴史的な本と言えるのかもしれません。

 

複合不況―ポスト・バブルの処方箋を求めて (中公新書)

複合不況―ポスト・バブルの処方箋を求めて (中公新書)

 

 

 

 

COP25思考停止報道相次ぐ、一番やるべきことは自動車の削減。

COP25が続き、ほとんど意味のない議論が続いています。

お決まりの、「このまま温暖化が続けば」で計算だけの予測を流すだけの意味のない報道も相次いでいます。

 

その一方で、「具体的な行動」を求める声は大きいのですが、何が具体的行動なのやら。

 

どうも石炭使用をやり玉にあげ、再生可能エネルギー使用を進めろというのが流れのようです。

 

何度も書いていますが、石炭火力発電はこのあとのエネルギー供給減少の時代を迎えるにあたってもっとも重要なエネルギー源であり、これがなければ社会不安も大きくなるばかりです。

いわゆる「再生可能エネルギー」(まったく”再生”できません)は、それを製造し動かすためにも在来エネルギー(化石燃料エネルギー)を大量に使用せざるを得ず、まったく自然でも再生可能でもないということは歴然としています。

 

それよりも、唯一ともいえる「エネルギー使用削減」のための効果的方策は、「自動車社会からの脱却」であるのですが、誰もそれを主張しないのはどういうことでしょうか。

 

日本ばかりでなく世界的にも自動車に依存した社会への転換が進んでおり、もしも自動車が無くなれば社会運営が成り立たないというのは間違いないことです。

しかし、それをやっていかなければ、エネルギー削減などいつまでたっても進みません。

ハイブリッド車や電気自動車への転換を進めると言っても、それに必要な蓄電池などの製造にも大量のエネルギーが必要であり、また希少資源も不可欠ですぐに運輸交通の全量をガソリンなどの内燃機関車から転換するなどまったく不可能です。

 

いずれにせよ、大幅に自動車の使用を制限するような社会改革をすぐにでも進めなければならないのですが、それには誰もが口を閉ざして何も言おうとしません。

結局は、実質的には何もしたくないというのが本音なのでしょう。

環境NGOとやらの連中もそれが分かっているのかいないのか、石炭に不毛な攻撃をするばかりです。

 

結局、何もで決まらないままCOP25は終わり、COP26の開催を待つだけなのでしょう。

茶番劇終了間近。

「『責任』はだれにあるのか」小浜逸郎著

責任という言葉は何かあるたびに飛び交います。

しかし、その実態が何かということはあまり考えられていないようにも感じます。

任命責任は私にある」と言い続けながら何も行動を取らない人もいますし。

 

そのような責任というものについて、評論家の小浜さんが色々な側面から書いていますが、第1部の責任はだれにあるのかという所では具体的な例も数々あげられて分かりやすいと感じたのですが、第2部の責任の原理を探るというところに行くと哲学的な考察が続いて非常に難しく感じました。

第2部については私もあまり理解できない部分も多いので第1部についてのみ記します。

 

最初は非常に具体的な例を紹介しています。

「性関係における男女の責任」

「学校と教師の責任」

「少年犯罪における親の責任」

といった、「責任」という言葉が使われやすい事態の中でどのような状況があるかを説明しています。

 

学校で事件が起きたりすると、学校や教師の責任ということが言われます。

そのため、昼間には校門を締め切ってしまうという学校が増えています。

しかし、校門を閉めるというのは単に象徴的な意味があるだけで、これで侵入者を防げるはずもありません。

事件を防止するのならすでに一部の私立学校などで行っているように警備員を置く方がよほど効果がありそうです。

責任論から考えると、学校や教師に子供の安全についてどこまで責任があるか、学校内だけでしょう。

それでも、学校から出た先で事件にあっても学校の責任を問う声が上がるのは、これまでの学校の在り方の幻想がまだ残っているからでしょう。

 

責任が免除される場合として、年少者、心神喪失者、心神耗弱者の犯罪が論じられています。

少女買春は少女の責任が問われず買った方の大人が責任を追求されます。

刑法第39条心神喪失者による犯罪は、裁判で常に争点となります。

心神喪失者に犯罪の責任を問うことができないとなると、そういった要素のある人間をあらかじめ拘束してしまうということにもなりかねません。

 

 

国家と国民の間の責任問題は、戦争についての場合には大きな問題となります。

戦争責任が国民にあるのか。

戦争を起こした当時に選挙権があった国民には責任はあるのでしょう。

しかし、戦争当時に生まれていなかった人々にその責任があるのかどうか。

先の戦争について、この問題をめぐる正反対の意見が出されています。

高橋哲哉という哲学者は、あの戦争に対する責任は戦後生まれの日本人にもあるとしました。

また、自民党高市早苗議員は戦後生まれには戦争責任は無いと発言しました。

これらの意見は両極端であり、実際はその中間が妥当だろうと思いますが、それがどの程度かということが難しいところです。

著者の意見では「戦後生まれの日本人は政治的な責任はあるかたちで引き継ぐべきだが、道徳的責任は負うべきではない」というものです。

 

昭和天皇の戦争責任ということも問題となりました。

天皇自身も責任をとって退位ということは考えていたようです。

しかし、アメリカの都合でソ連に対しての防衛線を確固とするという目的のために天皇の責任は問わずに何もしないままでした。

それがかえってその後のアジア各国の日本責任論を難しくしてしまった側面もあります。

また、形の上では戦後は国民主権になってしまった。

そのために、戦争責任も戦前の主権者であった天皇から戦後は国民に移ったという言い方もできます。

今からでも総括が必要なのでしょうか。

 

なかなか難しいのが責任というものでしょう。

簡単に「任命責任」などと言ってほしくないものです。

 

「責任」はだれにあるのか (PHP新書)

「責任」はだれにあるのか (PHP新書)

 

 

銀行口座維持に手数料?銀行の現状はどうなのか。

(以下に銀行について書きますが、私は銀行業界の内情どころか制度上のこともほとんど知らず、あくまでも報道されたニュース等だけでじーっと考えて書いていますので、明らかな間違いや誤解もあるかと思います。あまりにもひどいと言うところがありましたら、ご指摘ください。

 

三菱UFJ銀行は、出入金のない休眠口座には維持手数料を取るように制度変更の検討を始めたそうです。

www.nikkei.comテレビ報道でも流され、お決まりの「街角の声」インタビューでもそうなれば口座解約だという人が多かったようです。

(それにしても、ああいった街角インタビューでは都合の良い回答を分かりやすくしゃべる人が出るまで何人にも聞くんでしょうか)

 

まあ、昔は手数料どころか口座を開設したらティシューの一つくらいくれたものですから、それを思えば時代が変わったという感が強いのも当然でしょう。

 

しかし、素人ながら考えてみても、ほとんど金利も無いというのは預ける側にとってもバカバカしいほどの銀行口座ですが、銀行にとっても大変なのは間違いありません。

 

おそらく、「銀行の業務」というものがかつての高度経済成長と高金利の時代とは大きく変わってしまったのでしょう。

 

教科書的な考えでは、銀行というものは個人や企業から預金などを集め、それを投資資金や運営資金を必要とする企業などに貸し付け、その金利で利益を出し、自らの取り分を十分に確保した上で預金者に金利を支払うというものでしょう。

 

しかし、低金利どころかゼロ金利、マイナス金利ということになってしまったということは、貸付金利も低くせざるを得なくなっているはずです。

(このあたり、実際の金利相場とかいうことは何も知りませんが)

 

つまり、銀行というものの利益を上げる仕組みというのが相当変わっているはずです。

 

どうやって、銀行は稼いでいるのでしょうか。

一応、専門のところが解説している(就活生向け)のがありました。

www.jobweb.jpこれによると、銀行の収益を上げる3本柱は、「預かり資金運用による収入」「手数料収入」「外国為替売買による収入」だそうです。

 

やはり、基本は貸付金の利息でしょうし、口座振替だの出入金手数料といったものも馬鹿にならないのでしょう。(それにしても自分でATM操作してなんで手数料を払うのか)

そして、「為替売買」といった金融市場への参戦での利益が重要ということも間違いなさそうです。

 

金利というものがいつまで続くかも分かりませんが、このような状況で上記のように口座に維持手数料をかけるといったことが他の銀行にも広がれば、徐々に預金の銀行離れも進むでしょう。

そうなれば、貸付業務も縮んでいき、それ以外の業務、つまり日銀から金を引き出して自分で金融賭博を始めるしかなくなるんでしょう。

そして、バブル崩壊とともに銀行も崩壊するというのが近未来シナリオなのでしょうか。

 

 

「日本史の論点 邪馬台国から象徴天皇制まで」中公新書編集部編

歴史というものはすでに起きたことをたどるものですが、新たな史料が出ただけでも解釈がまったく変わってきます。

日本史の古代から現代まで、現在の歴史学会での最新の論点を、時代別に専門家が解説したものです。

学校で習った日本史というものは、私などすでに50年近く前のものですが、その頃の教科書に載っていたものとかなり変わっています。

しかも、さらに現在は様々な観点があり、それらが議論を重ねているということが良く分かります。

 

古代、古墳時代から平安時代までは国際日本文化研究センター教授の倉本一宏さんの解説です。

最初の論点は「邪馬台国はどこにあったか」です。

九州説と畿内説が争ってきましたが、実はその当時には同じくらいの勢力が日本各地に並立していたと見る方が自然です。

倉本さんの解釈では、邪馬台国は九州にあったとしても、畿内には別に倭王国というべき勢力があり、それは伝統的に日本との関係が深かった中国の呉王朝と通じていたのではないかということです。

したがって、邪馬台国の証拠と言われる纒向遺跡などもその倭王国の遺跡と考えれば無理なく解釈できるということです。

まさに、それが妥当でしょう。

 

墾田永年私財法が出されて開墾が盛んになり、大化の改新で始まった律令制が徐々に壊れていったというのがこれまでの解釈でした。

しかし、大宝律令で定められた班田制は実際にはほとんど機能せず、完成している田だけを細々と収受するだけのものであり、墾田を認めることとなってようやく大規模に開墾が進むようになったという解釈が優勢になったようです。

 

近代は慶応大学教授の清水唯一郎さんの解説です。

明治維新は「復古か、革命か、革新か」ということが問われます。

天皇という古来の存在を中心に据え昔風の言葉を使ったために復古かとも見えますが、体制は変革させており革命とも見え、さらにその担い手の多くは幕臣であったことを見れば革新とも見えます。

しかし、明治維新を担った層の知的ネットワークを見ればそれは江戸時代に始まっていたものであり、連続的な革新と捉える方が妥当なのではないかということです。

 

近代日本がヨーロッパのどこをモデルにしたのかということも、従来はプロイセン流であると言われてきました。

しかし、伊藤博文憲法調査だけを見てもイギリス、ドイツだけでなくあらゆる国の情報を参照していたことが分かります。

どうやら、一つの国の状況だけをモデルにしたわけではなく、世界各国の情勢を広く調査していたようです。

さらに、薩摩や長州と言った官軍側ばかりが重用されたというイメージがありますが、明治初期の政府には人材が不足していたという意識が強く、旧幕府側の人材もどんどんと登用されていました。

そして、大学設置の理由ともなった官僚養成ということは全国から優秀な学生を集めるということで実施されたため、旧官軍側の人材はどんどんと大学出身エリートに置き換わっていきました。

1900年代にはほぼすべての高等官が学士出身官僚によって占められるようになりました。

 

こういった歴史観の議論というものは、歴史学会内では盛んなのでしょうがなかなか外からは分かりづらいものです。

書籍などを読んでも、その著者の主張のみが記されていることが多いため、反論が分かりづらいということになります。

この本ではその両論を紹介されていたために、学会の現状というものに触れることができたようです。

 

 

「国会に改竄文書を出す」ということがどれほど大罪か。外国の例。

国民の代表が集まる国会に、「改竄」した文書を出すと言った官僚の暴挙が止まりません。

それでも、政権の意に沿ったものかもしれませんが、諸外国ではどのようなことになるのか、ツイッターで「不惑中間管理職は女難の日々」と名乗る方が調べた結果を掲載していました。

 

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どこでも非常に重い刑罰です。

これが当然だと思います。

まあ、この場合は政権に忖度しての行為の場合であり、「日本 昇進」というのはそのご褒美の意味もあってのことでしょうが。

 

たとえ処罰をせざるを得なくなっても、官僚に対しての処罰のあまりに軽いこと。

これまでも良くあるのが、何とか局長でもなんでも、「単にその職を解任するだけ」というものです。

ほとぼりが冷めてから別の部署にご栄転。

あるいは年齢によっては既定の方針通り関係団体への天下り

何度も書いています。

国民を裏切った官僚は「官界から永久追放」すべきです。