爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

これも周到に考えられた発言か、トランプが民主党女性議員に暴言

トランプ大統領民主党の移民出身の女性議員に対し、「国に帰れ」といった暴言を繰り返しているようです。

www.nikkei.com

政治的な習熟度の極めて低い日本でも、さすがにこのような発言をしてしまえば政界には居られなくなるでしょうが、トランプはそれでも大統領選に向けて自信満々なのでしょう。

 

そこには、当然ながらこれらの発言を批判する反対派より、聞いて喜ぶ賛成派の方が多いという見込みがあるのでしょう。

ただし、トランプのその読みがどうなるか、微妙な点もあるかも知れません。

トランプの確固とした支持層は白人低所得労働者層と言われていますが、それだけで大統領選に勝てたはずはなく、黒人なども低所得者層を中心にトランプ支持に回ったと見られます。

彼らは「新規移民」に対しては職をめぐって危機感を持っているでしょうから、不法移民対策を打ち出すトランプに支持をしたということがあるのかもしれません。

 

しかし、今回の発言では既にアメリカ国内に基盤を持ち議員にまでなっている人に対して「国に帰れ」という暴言です。

これは、すでにアメリカ人として住んでいる人々に対しても言われていると感じられるかもしれません。

両刃の剣になるかも。

 

なお、トランプ自身もドイツ由来の父系とスコットランド由来の母系の生まれだそうです。

ドイツに帰れ。

ドイツが迷惑か。

FOOCOM.NET専門家コラムより、長村洋一さんが「食品添加物表示制度検討会」を傍聴した

消費者庁では、食品添加物の含まれている食品での表示制度について検討していますが、その第3回検討会を健康食品管理士などをされている長村洋一さんが傍聴し、その内容を紹介しています。

www.foocom.netその第3回として、事業者団体からのヒアリングが行われました。

 

意見を述べたのは、日本うま味調味料協会の荻原葉子氏、山崎製パンの松長明弘氏、三菱商事ライフサイエンス㈱の高松秀和氏、㈱サンベルクスの鈴木優貴郎氏、そして日本ハムの岩間清氏でした。

いずれも、自社の業務内容の説明、消費者の問い合わせ現状、そして現行制度について、および「無添加・不使用」表示について意見を述べています。

 

各社とも、自社に直接「食品添加物について」問い合わせをしてくる消費者はほとんどいないそうです。

ただし、「化学調味料無添加」とうたわれる食品が「安全」だと認識する消費者は43%にのぼるという調査もあり、なんとなく添加物は入れない方が安全のような意識を持っているものの、メーカー側に直接尋ねるという行動を取るものは少ないようです。

 

荻原氏の報告によれば、「化学調味料」というものがどういうものかということを認識している消費者はほとんど居らず、その物質名、製造法も知られていません。

これを説明するとほとんどの人が「そんなに心配なものではない」と納得するそうで、消費者に対する説明努力がまだ少ないようです。

 

なお、山崎製パンからの報告では、最近非常に増えている他の製パン業者による「イーストフード、乳化剤不使用」ということを強調する点について説明されています。

山崎製パン | イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示について

これによれば、そのような業者では食品添加物として認可されている「イーストフード、乳化剤」は使っていないものの、同様の作用をする物質(食品添加物以外)を用いており、まったくそのような作用の物質は使っていないということではありません。

 

また、日本ハムでは発色剤・ボツリヌス菌抑制の意味でハム製造で使われている亜硝酸を使わないという製品も一部製造しているそうです。

これは、それを求める消費者にとっては喜ばれるものでしょうが、出来上がったハムは色が悪く、さらに問題となるのはボツリヌス菌が含まれていた場合に増殖する危険性が大きいことです。

日本ハム自体もその危険性は認識しているのでしょうが、それでもそういった商品を作るというのはある程度のリスクがあるでしょう。

 

記事で長村さんも強調しているように、今回、そして前回(消費者団体ヒアリング)で明らかになっているのは、消費者の食品添加物に対する理解不足が現在の事態を引き起こしているのであり、厚生労働省は現在の食品添加物の管理体制には大きな問題はなく安全性が確保されていると考えているということです。

 

あくまでも問題は消費者教育、そしてしっかりしたリスクコミュニケーターの養成を行い、そして「消費者に真実を知っていただく」という企業姿勢が大切だということです。

 

消費者が知らないのが悪いというだけでなく、添加物は安全であると思っていても余計なことを言うと面倒だから言わなかったという業界側のこれまでの姿勢も問題だということでしょう。

 

その一方で、きちんとした定義もないままに「食品添加物無添加、不使用」を謳い文句にして売上を増やそうとする業者は無数と言えるほどです。

それが逆に「添加物はなんとなく危ない」という意識を強めさせることにもなっているのでしょう。

 

八代市立博物館夏季特別展「なるほど!紙づくりの世界」見てきました。

kumanichi.com金曜日から開かれている、八代市立博物館未来の森ミュージアムの夏季特別展「なるほど!紙づくりの世界」を見てきました。

 

八代は江戸時代から手漉き和紙の産地で、肥後細川藩の御用もつとめていました。

「宮地和紙」として今でも続けられています。

また、明治以降には製紙工場での機械漉きも始められ、現在でも日本製紙の工場が操業を続けています。

 

今回の展示会では、手漉き和紙、機械漉き工場の両方の歴史をたどれるように、様々な資料を展示してあります。

 

休日とはいえ、朝の開館すぐに行ったためか、他には見学者が2人だけと少々寂しいものでしたが、お近くの方は是非どうぞ。

 

なお、別の展示室では、明治以降の「千代紙」の紹介もされていました。

様々な絵や幾何学模様のとてもきれいなものでした。

芸術とは言えないこのようなものに、文化というものを感じました。

「現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと」見田宗介著

「はじめに」の最初から明確な人類の歴史の認識が示され、引き込まれていきます。

 

現代社会は、人間の歴史の中の、巨大な曲がり角にある。

 

まさに、その通りでしょう。

 

ギリシャで哲学が生まれ、仏教や儒教が生まれ、キリスト教の基になる古代ユダヤ教のめざましい展開のあった「軸の時代」が人間の歴史の第一の巨大な曲がり角であった。

その「軸」を中心にして貨幣経済と都市の原理が浸透し、無限に発展するかのような「近代」という原理で進展し続け、グローバリゼーションという事実によってここに初めて「地球という惑星の〈有限性〉と出会った」からです。

 

日本人の意識を長く調査し続けているものに、NHK放送文化研究所の「日本人の意識調査」というものがあり、1973年以降5年毎にデータを残しています。

世代というものをおおまかに15年ごとに捉え、「戦争世代」「団塊世代」といったものとして意識の在り方を分析しています。

すると、戦争世代から第1次戦後世代、団塊世代まではそれぞれの世代の意識というものは大きく異なっているのですが、その後は徐々に接近していき、団塊ジュニア世代以降はほとんど意識が重なっているということです。

これは、今までの「歴史は加速度的に進展する」という認識が変わってきていることを意識の上からも示しています。

 

1960年代までは、地球の人口爆発が大きな問題とされてきました。

しかし、前世紀末には先進国では少子化が問題となり、いまだに途上国では人口増加が止まらないというイメージがありますが、実際は人口増加率はすでに急速に低下しています。

生物学者が「ロジスティック曲線」と呼ぶS字型の曲線がありますが、理論より先に人類はすでにその曲線に沿った動きを示しているようです。

 

近代の最後の表れとしてグローバルシステムの爆発的成長というものが起きていますが、それはいつまでも成長が続く無限性を追求するものでした。

しかし、そのさなかに、地球の有限性を立証してしまいました。

情報化という、無限に増殖するかのような虚構のなかで、地球自体は有限であることが明らかになってしまいました。

 

もはや、これ以上の物質的成長は不要なものとして完了し、この後どうなるかの見晴らしを切り開くこと。

それが今後の人類の生き方を指し示すことです。

 

成長の完了した世界というのは、経済成長に取り憑かれた人々にとっては「停滞した魅力の少ない世界」のように見えるかもしれません。

しかし、経済成長の脅迫から解放された人類は、アートと文学と思想と科学の限りなく自由な創造と、友情と愛と子供たちとの交歓と、自然との交換の感動を追求し続けるだろう。と続けています。

「天国」や「極楽」には経済成長はありません。

 

この次に、日本に加えヨーロッパとアメリカの特に若者の意識調査の結果が論じられています。

特にヨーロッパにおいては現状満足と幸福感の上昇というものが見られていました。

日本においても、幸福感は少ないものの現状には満足しているようです。

ただし、近年とくに移民の増加とテロの恐怖が増大しており、それが政治へも影響を増しているのは間違いありません。

大きなテロ事件のあとでは、ヨーロッパでも若者の幸福感の数値は低下したようです。

 

転換期を迎えた人類文明ですが、その先にあると思われた20世紀型の革命は大きく挫折し崩壊しました。

しかし、それは決して「資本主義の勝利」などと呼べるものではなく、崩壊の時期を早めただけのようです。

その先に何があるのか、自らで作っていかなければならないもののようです。

 

 ロジスティック曲線というものに、見田さんは社会学的な意味を見出したようで、本書後半に独自の章を設けてさらに論じています。

実は私もかつては生物学者のはしくれ(端の端)でしたので、おなじみのものでした。

それが人類文明にも当てはまるということは、ようやくながら実感できているところです。

 

「左派系新聞」なんて日本にあるの。

よく読んでいるある方のブログは、いつも大変参考にさせていただいていますが、そこに引用された評論家の記事で気になることがありました。

 

鈴置高史さんという方が書かれた、韓国に対する半導体関連品の輸出規制強化についての文章です。

デイリー新潮というサイトですから、新潮社のところでしょうか。

headlines.yahoo.co.jp

まあ、半導体企業の事情など色々な専門知識があるところでしょうから、それを知っておくことは必須でしょう。

 

その内容はともかく、文中に「韓国紙の日本語版や、日本の左派系紙を読んでそう思っている人が多い」という鈴置氏の言葉がありました。

 

ここで、アレッと思ってしまいました。

「日本に左派系紙」なんてあったっけ。

 

読み進めていくと、どうやら「毎日」「東京」「朝日」といった新聞を「左派系紙」と呼んでいるようです。

 

こんなのが左派系とは。

 

野球の守備位置で言うと、センターよりはだいぶライトよりかと思います。

ここに、「左翼手」(レフト)がいる。

中堅手」(センター)はもうライトのファウルグランド寸前。

右翼手」(ライト)などはファウルグランドも通り過ぎてスタンド中段に居るようなものかと。サンケイ、ヨミウリはもう場外か。

 

まあ、言っていることはかなりまともなことのようですが、その言葉だけで引っかかります。

参院選熊本選挙区の候補者B氏のあまりにも非常識な水俣病認識

まあ色々ある参院選で、ほとんど興味も薄れかけているもののなんとか気持ちを奮い立たせているのですが、嫌気がさしてくるのは度々です。

 

熊本選挙区は定数1に、自民党の現職B氏、野党推薦のA氏、それにNHK反対派という諸派のS氏の3人が出馬していますが、もうほとんどB氏再選に確定という雰囲気です。

 

しかし、さすがに地元の熊本日日新聞社は飽きもせずに候補者の意見を丹念に聞いて、無駄とも思わずに報道しています。

 

本日掲載の候補者アンケートには驚きました。

(当該記事をネットから見つけようとしているのですが、どうも分かりづらくて見当たりません)

仕方ないのでその概要を載せるだけにします。

 

一応、候補者三人に同じ質問をぶつけてその回答を載せているものです。

 

今日の質問には「水俣病の今の課題は」という項目がありました。

これに対し、野党候補のA氏は「認定基準が問題。広く救済する仕組みが必要」という極めて当然の答えでした。

(なお、S氏は「知識不足で分かりません」というこれはこれで正直な答え)

 

ところが自民党候補のB氏は、「地域資源を活用した地方創生」などと水俣病の「ミ」の字も出ない答えです。

この候補は、他のところでも「中央直結で地域創生」ということしか言わない旧態依然の態度で、ほとんど真面目に考えているとも見えないのですが、まさか水俣病についてもこのようなことを言うとは思いませんでした。

 

それでも、この候補が当選するのでしょうし、水俣地域でも圧倒的に票を集めるのでしょう。

ますます嫌になる。比例区だけに希望をつなぎましょうか。

「教科書が載せられない名文」棚橋正博著

江戸時代には本というものが庶民にまで広く普及しました。

彼らがもっとも興味を示したのは、硬い内容のものではなく、笑いあり色恋ありといったものでした。

特に、色事に関わるものは多くの人に愛好されました。

それを書く側も教養ある人々であることが多かったようです。

 

この本では、そういった文の例を初期の井原西鶴、そして変換点となった平賀源内、さらに大きく普及していった大田南畝、さらに山東京伝などの作品から紹介しています。

音読ははばかられるような無いようなのですが、おそらく今の人たちは聞いても何のことか分からないでしょう。

 

17世紀半ばから、町人が社会を動かすようになり文化もルネッサンスと言っても良いような勢いを示し、芭蕉西鶴近松といった巨匠を生み出しました。

とりわけ、井原西鶴のエロスを伴う市井のスケッチは新鮮でした。

 

好色一代男」より

菖蒲葺き重ぬる軒のつま、見越しの柳茂りて木の下闇の夕間暮れ、砌に篠竹の人除けに笹谷縞の帷子、女の隠し道具を掛け捨てながら、菖蒲湯をかかるよしして、中居ぐらゐの女房、我より外には松の声、もし聞かば壁に耳、見る人はあらじと、流れ蓮根の痕をも恥じぬ臍のあたりの垢かき流しなおそれよりそこらも糠袋に乱れてかきわたる湯玉油ぎりてなん。

と書いても何のことかは分からないでしょう。

 

大田南畝は、漢詩の知識も豊富であったために、それのパロディを作りました。

唐詩選の盧綸の詩をもじり、以下のようなものを書いていますが、やは直接的に過ぎ品がないようです。

陳戈射が臍下の曲を和す

色黒うして雁至って高し

全体、長く心労す

芋茎を取って巻かんと欲すれば

大水陰毛に満つ

 

やはり、庶民のもっとも興味を持つのはこういった分野なのでしょう。

 

教科書が載せられない名文―江戸時代の再発見

教科書が載せられない名文―江戸時代の再発見