昭和史、太平洋戦争史についての著述が多い半藤さんですが、これは様々な事柄についての随想を綴ったものを合わせた本です。
最初の「老骨の手習い」では、会社勤め卒業の後から習い始めた木版画の作品とそれにまつわる話を並べたもので、中国の漢詩を題材としたものなどを収めています。
この木版画には見覚えがあり、なかなか味のある画だと思っていましたが、これが半藤さんの作品だったとは知りませんでした。
沙漠の詩という一連の版画と漢詩は東京青山のスナック「羊舎」の壁に掛けるために作ったということですが、昔の中国の辺境防衛のために派遣された兵隊のことを詠んだ漢詩を版画化したものです。
唐時代の詩人王翰の詩に絵を添え、さらにその詩を意訳したものを並べるという凝った作りになっています。
漱石「草枕」ことば散歩というシリーズは、夏目漱石の草枕に出てくる言葉についての随想です。
この草枕は漱石が持てる知識を詰め込んで書き上げたというもので、よく知らない人にとってはよく分からないというものですが、それを熊本日日新聞に50回にわたって連載しました。
「情に掉させば流される」という言葉が出てきますが、これは最近では間違えて理解されていると言われる言葉です。
「掉さす」ということがもう舟を竿で操ることが身近に見られなくなったためでしょう。
他にも仏典、漢籍などから縦横無尽に引いた言葉が溢れています。
その中で、「今に智識になられよう」という文があります。
これは仏教語で、正しくは善知識であり、「人を教化して仏道に導きいらせる人」を指しそこから「高僧」という意味に使うようになりました。
古くは知識と書いて「高僧」の意味で使われた例もあるそうです。
そして高僧というからには仏道に詳しいというだけでなく修行を積んだという前提があります。
今の日本語の「知識人」にもその善知識への尊敬が込められているはずですが、実際には今の知識人は修行などほとんどできていない単なる物知りが多いというのが半藤さんの注釈でした。
なかなか楽しい読み物でした。