モダンという言葉は英語のmodernからきているのでしょうが、辞書で見ると「現代的、近代的」とあります。
現代と近代とではかなり違うようですが。
しかし、日本の歴史上では「モダン」が大量に使われたことがありました。
1910年代から1930年代にかけて、年号でいえば大正時代から昭和初期ですが、それまでは欧米先進国との関わり方も一部のエリート層のみが洋行し、書籍を読むのみだったものが、この時代になると様々な事物が急激に日本にも入り込むようになります。
そんな風潮の中、「モダン語」と呼ばれる言葉が多数生まれることになります。
典型的なものが「モダンガール」というものですが、他にも英語をはじめとして各国の言葉が入り込み、それを日本語化してかなり違う意味で使い、さらに日本語もごちゃ混ぜにして使うということになります。
その例として、「インハラベビー」「マルゼニスト」「カブキガール」などがあります。
インハラベビーは、in+腹+baby、つまり妊婦のこと。
マルゼニストは、洋書輸入販売店の丸善で外国語の本を買ってひけらかす人間。
カブキガールは、歌舞伎役者の隈取のような化粧をする女性。
どれも英語に少しずつ触れるようになった庶民がそれを使って楽しんでいたようです。
そのような世間の雰囲気に対し、出版社もこういった言葉を集めた「辞典」を数多く出版しています。
「外来語辞典」とか「現代新語辞典」などと題されていますが、本書ではこういった辞書類に掲載された言葉を取り上げ、その言語的な構造だけでなくそれの裏に隠された社会的な動きも述べていきます。
モダン語のあれこれを見ていくと、様々な言葉を切り取り組み合わせた「カバン語」というものが数多く見られます。
この言葉は「鏡の国のアリス」の中で「この言葉は旅行カバンのように二つの意味が一つの言葉に詰め込まれている」としてなぞらえたことに由来しています。
モダン語の作り方にはこのようなカバン語が多いようです。
日本語同士の組み合わせでも、久米正雄が造語した「微苦笑」があります。
違った国の言葉同士では、「アルカイック・スマイル」(仏語+英語)、「カフスボタン」(英語+ポルトガル語)、「テーマソング」(独語+英語)など多数あります。
英語の接尾辞である、「イスト」や「イズム」を日本語につなぎ合わせるものもどんどんと作られました。
「タンキスト」は「短歌を作る人」、「アルキニスト」はアルピニストに似せて「歩く人」等々。
この時期の後半になると「エロ・グロ・ナンセンス」といった風潮が強まります。
すさんでいく世の中の雰囲気が分るようなものですが、これに含まれる新語が山のように作られて行きました。
しかし世の中はすぐそこに「テロ」と「ミリ」すなわち「テロル」と「ミリタリー」が迫っていました。
すでに「エロ・グロ」に「テロ」を合わせて「三ロ」などと言われることもあったようです。
戦前は今から見れば隔絶した世の中のようにも感じますが、言葉を見ていくとまさに今に至るまで一続きであることが分かるようです。