爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「日本人の健康を社会科学で考える」小塩隆士著

日本で格差が拡大したとか、貧困に苦しむ人が増えたといったことは言われていますが、その人たちの健康はどうなのか。

これは確かに大きな問題であり、食べるのにも苦労する人たちの健康はかなり危ないということは直感的には分かりますが、実際のところはどうなのか。

そういった問題について、あくまでも社会科学的な手法で確実な分析を加えたものです。

 

取り上げたものは、「就職氷河期世代」、「非正規雇用」、といった苦しい人々。

さらに貧困率と健康との関係という点を基本的に洗い直し、また社会参加活動を活発にすると健康を取り戻せるのか、中高年になってからの健康の格差と学歴の関係は、家族の介護とメンタルヘルスのリスクと言った、社会的な問題が健康にどう関わっているかをデータで解析しようとしています。

 

日本の就職活動は学校を卒業する時点で一括採用するという慣習が長く続いており、特に正規職員の場合はそれが主流というのが普通の感覚となっています。

これは世界的に見てもかなり偏った傾向です。

毎年同じような採用が続いているなら良いのですが、特に「就職氷河期」という時代では新卒での正規職としての採用が非常に少なく、多くの人々が非正規雇用とならざるを得ませんでした。

これらの人々を「就職氷河期世代」と呼んでいますが、すでに中年に差し掛かっていても非正規雇用のままと言う人が少なくありません。

このような就職・採用形態が問題だというのも確かですが、しかしその影響を大きく受けた世代が存在するということも紛れもない事実です。

彼らの今後は非常に厳しいことになるのが予想されるのですが、健康という面から見ても他の世代との相違がみられるようです。

ただし、世代間の健康の違いというのは解析していくのが非常に難しいもので、年齢の差の補正も当然しなければなりませんし、収入の差、結婚できたかどうかの差、現在の就業状態の差など、直接間接に健康に影響を与えるようなものが目白押しです。

その結果、どうやらやはりこの世代の健康状況は他の世代に比べて悪いということは言えるようです。

さらに様々な要因から社会的孤立に陥る危険性が強く、そういった人々では健康の悪化が進む恐れが大きいと言えます。

また、この問題はこの世代が今後高齢期を迎えるに従いさらに大きくなることが予測できます。

それが予測される以上、政府がきちんとした対策を今から考える必要があるわけです。

 

正規雇用という人々が急速に増加したのは間違いありませんが、その人々の健康という点を正面からとらえた解析はさほど行われていません。

大きなデータを解析していくと、やはり非正規雇用者は正規雇用者に比べて健康不安を持つ人が多いということは分かるようです。

ただし、男性の場合はかなり顕著に表れるのですが、女性の場合はさほどでもない。

これは女性の場合は非正規雇用といっても個人の事情によりかなりの差があるからかもしれません。

昔ながらの「家計の補助」として働いているかもしれず、またシングルマザー家庭で子どもを抱えて一人で働いている場合も多いようで、それを一緒には解析できないのはもちろんでしょう。

ただし、きちんと場合分けをして示されたデータと言うものは揃っていないようです。

 

正規雇用が多いかどうかは地域によっても相当な違いがあります。

これも都道府県レベルでまとめたデータはあるようですが、実際には同じ都道府県内でもその地域によってもかなり差がある場合があり、一概にいうことは難しいようです。

それでも解析を進めると、やはり雇用情勢が不安定な地域の中で非正規雇用者というのはメンタルヘルスの面では相当なストレスにさらされているということはあるようです。

 

会社勤めの人は地域社会の活動になかなか参加できないため、定年になって家にこもると外に出ないという話も多いのですが、社会活動に参加するかどうかも健康には影響がありそうです。

この場合、社会活動といっても町内会のような自治体の活動もあり、また趣味の会なども含み、場合によっては一人で散歩とかジョギングといった活動も社会活動に含める場合もありますが、それでもやはり社会活動に参加する方が健康も良いという傾向はあります。

ただし、科学的な分析ではそこに落とし穴があり、「社会活動に参加しているから健康になる」とばかりは言えず、「健康だから社会活動に参加できる」のではないかという疑問も生じます。

また定年後の高齢者にばかり着目していると上記の疑問点がさらに深く関わってきます。

そのため、中年以前の人々での事例を調査する方が純粋に社会活動の健康への影響を見ることができそうです。

それによると、どうしても年齢が高くなるにつれて健康を害する人が増えるのですが、それを少なくさせる効果はあるということが分かるようです。

なお、「社会活動参加」は多くの点で健康に良い影響を与えるのですが、「悪玉コレステロール」だけは増えるという結果が出ています。

これはどうやら、社会活動参加でついでに増える「同好の士との会食・飲酒」のせいではないかということです。

 

就職氷河期世代や非正規雇用者の問題というのは非常に大きく厳しいものですが、それがその人たちの健康、そして究極には寿命にまで悪影響を与えそうだということはやはり大問題でしょう。

これを何とかするというのが政治の役割なのでしょうが、自分たちの椅子の安全性だけに忙殺されているのではどうしようもありません。