爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「模倣の罠 自由主義の没落」イワン・クラステフ、スティーヴン・ホームズ著

「模倣」とは何を示すのか。

それは1989年に冷戦が終了し、一見して欧米の自由主義と民主主義が世界を覆ったかのような時代となりましたが、その後の世界では旧共産圏などを中心にアメリカを「模倣」して自由民主主義を取り入れていくこととなりました。

しかしそれから30年が経過しそれらの国では徐々にアメリカの模倣を捨て去り別の原理でやっていこうという動きが出てきてしまった。

そして肝心の模倣されるモデルとしてのアメリカが大きく変わり、トランプが現われて他国から模倣されることを拒絶するかのような態度を示した。

 

それを「模倣の罠」と表わし、今の世界を捉えていこうということです。

ただし、訳者あとがきで立石洋子さんが書いているように、その把握はやや大まかすぎ、類型化が強いために現実の世界とは若干違う点も多々あるということです。

しかし大筋で掴むというためにはある程度の抽象化はやむを得ないのかもしれません。

 

ソ連の崩壊と共産主義の撤退はあたかも西洋の自由民主主義が唯一の真理であるかのように思い込ませるということになりました。

フランシス・フクヤマは西洋の自由主義に代わり得る実行可能で体系的な代替案が完全に枯渇したと主張しました。

これはアメリカの自尊心を喜ばせただけでなく、鉄のカーテンの向こう側で反体制や改革者として振る舞っていた人たちにも当然のこととして受け取られました。

そしてそれから30年にわたる模倣の時代を始めたわけです。

 

しかしその後の進行はスムーズな自由民主化への移行とはならず、様々な紆余曲折となりました。

ロシアではプーチンが着々と体制を固めたのですが、2007年のミュンヘンでの安全保障会議でのその演説ではっきりと自由民主義体制とのロシアの決別が示されました。

彼の好戦的な主張は宣戦布告のようでもあり、NATOの東方への拡大を裏切り行為だと非難し、かつての欧米の約束を一つ一つ挙げてそれが守られていないことを非難しました。

 

その後のロシアは自由民主主義を模倣することは止めたのですが、代わりにアメリカの様々な悪行を模倣することをしています。

ロシアが国際秩序を破壊するかのように実行していることは、実はアメリカがこれまでにやってきたことの模倣だということです。

2014年にロシアがクリミアを併合した際のプーチンの演説は、コソヴォセルビア領を解体した際に西側指導者が行った演説のすべてを引用しました。

1999年にNATOセルビアの領土保全を侵害したのとそっくりのことを2008年にロシアはジョージアで行ないました。

2016年にアメリカの大統領選挙にロシアが介入したのは(公式には認めていませんが)これもアメリカがさんざん各国でやってきたことそのままです。

 

ロシアの挑戦は軍事的なものに止まり、産業全体ではほとんど欧米を脅かすようなものとはなっていません。

しかし中国は経済的にも大きく力を付けその存在感を強くしています。

1989年のちょうどその頃に中国は天安門事件でロシアや東欧諸国とは別の道を選ぶことを明らかにしました。

そこでは資本主義は模倣するかのように見せましたが、自由民主主義はまったく相手にしませんでした。

アメリカが没落していく代わりに中国が覇権を握るかのように言われることもあります。

しかし、中国は「模倣される側」つまり覇者の地位にはつかないのではないか。

中国はその主義を世界に広げようとはしないのではないか。

中国は世界から利益を吸い上げれば良いようです。

 

アメリカのトランプによる覇権放棄についても記述されています。

アメリカ第一主義ということを言いましたが、これは世界のお手本となるというかつてのアメリカの理想とはかけ離れたものです。

アメリカだけが儲かれば良いというのは模倣される側すなわち覇権国としての態度ではありません。

それをはっきりとさせたのがトランプでした。

 

確かに正確性という点では抜け穴があるのかもしれませんが、非常に興味深い描写で世界の現状を見せてくれました。

原書は2019年に出版されており当然ながらロシアのウクライナ侵攻などは含まれていませんが、読んだ印象ではすでにそれを予言していたかのような内容だと感じました。

世界はさらに多極化が進み混乱するだろうということが感じられます。