書名には「集団的自衛権」が挙げられていますが、それだけに限った話ではなく、日本の政治体制や官僚の問題まで広く扱っています。
著者の柳澤さんは国家公務員として最初は防衛庁に入庁し、ずっと安全保障・危機管理を担当、官僚生活の最後には内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)まで務められたということで、この分野に最も通じた専門家と言えるでしょう。
しかしその主張は決して政府寄りに偏ったものではなく、間違ったものは間違ったとはっきりとされており、信頼性は高いものと見えます。
その柳澤さんが、本書副題にもあるように「若者と国家」ということで、若者向けにかなり分かりやすくこの本を書かれたようです。
出版は2014年、ちょうど安倍内閣が国の安全保障について多くの見直しを打ち出していた頃で、集団的自衛権ということもその中に含まれていました。
しかしその政府の主張にはこれまでの政府見解を大きく変えるものもあり、また国際的な安全保障の常識から見ても明らかに誤った理屈を押し通そうとしたものがあったようで、その頃にはすでに退職していた柳澤さんから見ても非常に危険に感じたようです。
そこで「何か変わりそうだ」というだけで内閣支持率が上がっていった若者層に対して「自分の頭で国の政策を考えさせる」ために様々な事実を伝えようとしたのでした。
なお、本書出版からはかなりの時間が経過した現在ですが、その後の菅・岸田内閣でも基本的に安倍内閣の方針は変わっていませんので、内容については現在でも新鮮なままと言えるかもしれません。
最初に「第一歩からの安全保障」という章から入り、そもそも国を守るとはどういうことかというところから説き明かしていきます。
現在のウクライナ情勢を絡めた見方でも言われることですが、侵略から国を守るといっても「その国を国民が自分のものだと思うかどうか」が大きな問題です。
国の金は政治家が自由に自分のものにしているような国が自分の国であり、死んでも守らなければならないのか。
ここを読んだだけでもただの官僚経験者ではないということが分かりました。
そこからは当時も今も大きな問題であり続けている、「尖閣問題」「北朝鮮ミサイル」といったことを例にとり、政府のプロパガンダがいかにおかしいものかということを挙げていきます。
尖閣諸島などは資源があると言われているものの実際にはほとんど価値はありません。
軍事的にも、そこに基地を作ることもできず結局はナショナリズムの象徴でしかありません。
それでも中国(台湾も含む)日本の双方で国民世論が沸騰してしまいます。
やるべきことは国民感情を沈静化させることなのに、双方とも逆のことをしています。
アメリカが尖閣も日米安保条約の範囲内などと言っていますが、あんな岩のためにアメリカ軍人が命を懸けるなどということがあるはずもありません。
なお、尖閣を例に集団的自衛権を持ち出す人もいましたが、全く誤りでこれは完全に個別的自衛権の問題であり、日本が自衛しそれを安保条約の規定により米軍も支援するということで解釈は完了しています。
日米同盟がすべての基本ということは現状では間違いのないことですが、日本では日米同盟の話になると完全に思考停止になるのが通例のようです。
鳩山内閣が沖縄の普天間基地を「最低でも県外移転」と言い出し、大問題となりました。
しかしアメリカ側から反発されさらに「日米同盟」を持ち出されるとすぐに取り下げてしまい、国民をはじめすべての関係者から信頼を失いました。
これも鳩山でも「日米同盟の思考停止」に支配されていたからだと言えます。
もちろん自民党政治家や官僚たちもすべてがこの思考停止に支配されています。
安倍政権がおかしな方向に突き進んでいった当時ですが、著者が一番危惧していたのが、安倍の主張には「国家像が見えない」ことでした。
まるで行先表示のないバスに乗せられてスピードばかりが上がっていくようでした。
第二次大戦後の東京裁判を戦勝国側の不公正なものだと主張する人々もいますが、本当にやるべきことは日本人自身があの戦争の総括をすることです。
その上で自主憲法を作るということが必要なことであり、それでなければ戦争の責任を永遠に問われ続けなければならないことになります。
安倍は日本がどういう国になるかと問われて「新しい国」「美しい国」になると言いましたが、それは単なるイメージだけであり肝心の国家像は何一つ提示できませんでした。
なお、やはり「集団的自衛権」や「抑止力」については本書では非常に詳しく解説(しかも若者向けにわかりやすく)してあります。
一言でまとめるということもできませんが、私の考えていたことが専門家ともそれほどずれていなかったということは確認できました。
やはり、アメリカの戦略に一言も言えない状態で集団的自衛権などとはとんでもないということでしょう。