日本独自の商品傾向というものは確かにあるようですが、それを「ガラパゴス化」などと言うことがあります。
その言葉はあのガラパゴス諸島の変わった生物たちを意識して作られたものでしょうが、それを単に「辺境の島の変な現象」とだけ考え、グローバル化の世の中では適応できないと片づけるだけで良いのでしょうか。
本書著者の稲垣さんは大学院で生物学の博士を取りましたが、その後農水省などに勤務、さらに大学に戻って研究を続けているということで、生物の生態だけでなく人間社会についてもかなり深い知見をお持ちのようです。
そこから見ると、この「ガラパゴス化」という言葉の中にも考えるべき点が多く存在するようです。
ガラパゴス諸島の生物たちの特異な生態を発見しその進化論形成の大きな土台としたのがチャールズ・ダーウィンでした。
彼を乗せたビーグル号がガラパゴス諸島に立ち寄り、そこの生物たちの様々な形態などを観察することで生物は環境にしたがって独自の進化を遂げるということを見出し、その進化論を作り上げたのでした。
それから時は流れ、現代日本ではビジネス用語として「ガラパゴス化」という言葉が使われ、グローバル社会に適応できないというマイナスイメージで使われています。
しかし、本当にガラパゴス化というものはダメなのか。
決してそんなことはないということをこの本全体を使って解説していきます。
生物はなぜ進化していくのか。
厳しい生存競争に勝ち抜くために進化していくということもあるのでしょう。
しかし、それだけではない面があります。
「島の環境」というものは大陸とは違った面があります。
そこには海洋にさえぎられて中々たどり着けないために、天敵や競争相手が少ない場合があります。
そのような中では、競争相手に打ち克つための進化ではなく、その島の環境に合わせるための進化が必要となることがあります。
「ニッチ」という言葉はビジネス用語でも使われることがありますが、元は生物学の術語です。
ビジネス用語で、ニッチマーケティングなどと言うと「すき間」という意味が強いようですが、生物学では少し違います。
生物学的な用語としては「生態的地位」という意味です。
それは、その生物が自然界で持つポジションのこと、すなわちその生物の「居場所」ということです。
その生物種のニッチはその生物種だけのものです。
それが重なると生物同士の激しい競争が起き勝者のみが生き残り敗者は滅亡します。
そのニッチの争奪戦において、独自の進化をするという方策を取る生物がいます。
この競争に対する生物のセオリーは非常に単純なものです。
「勝てるところで勝負する」「勝てなければずらす」
この後者の「ずらす」という方策を取る場合が非常に多いようです。
クワガタムシはカブトムシと戦うとたいてい敗けます。
しかし、実際には両者が戦っている場面はあまり見られません。
それは、勝てないクワガタムシはすでに「時をずらす」戦略を採用しており、カブトムシがいない時期に活動するようになっています。
さて、それでは「島」という環境はどうでしょうか。
いろいろな大きさの島があり、また火山爆発で新たな島ができることもあり、生命がまったくいない島というものもできることもあります。
そのような島にたどり着いた生物にとってはそこは競争相手も天敵も全くいない天国のような場所です。
そこはいわば空席だらけの「ニッチ」の場所とも言えます。
そこで生物はどんどんと空席を埋めようとしていきます。
オーストラリアも大きな大陸ですがこの意味では空席だらけの場所でした。
そこにたどり着いた有袋類という哺乳類の先祖はそれを埋めようと進化を重ねました。
その結果、有袋類という同じ先祖を持ちながら、カンガルーのような草食動物、フクロオオカミのような食肉動物、フクロモグラ、フクロネズミ、コアラ、ウォンバットなど多様な生物に分化していきました。
島の生物進化は「不要なものは捨てる」ことでもあります。
天敵がいなければ鳥も飛ぶ必要がなくなります。
こうして飛べなくなった鳥がニュージーランドのキーウィ、ガラパゴスのガラパゴスコバネウ、マダガスカルのノドジロクイナなどあちこちに見られます。
そのような島の環境に適応した生物たちは、そのままであればのんびりと暮らしていけたのでしょうが、人間たちがやってくると天敵となる外来生物も持ち込まれ、一気に平和を失います。
多くの生物が絶滅してしまったのはそこら中の島で見られたことです。
それではそのような「島の進化」は悪いことだったのでしょうか。
島の進化の強みと弱みとしてまとめられています。
強み。1,大陸の常識では考えられないオリジナリティあふれる進化。
2,競争相手ではなく、環境を相手にした正しい進化。
弱み。1,競争が緩やかな環境なので競争に弱い。
2,島という限られた世界の中で小さなこと(つまらないこと)で競争してします。
これは生物の話なのですが、今の日本経済の企業の話をしているかのようです。
まさにこれが「日本のガラパゴス企業の生き残り戦略」にも関わってくることです。
大陸の勝負の仕方だけで競ってもなかなか勝ち目はありません。
しかしガラパゴスと言われながらも長年培ってきた日本社会の特性の中での競争力は決して無視できるものではありません。
今こそ「勝てるところで勝負する」ということを意識して見直す必要があります。
日本の「ガラパゴス力」として著者が挙げているのは次の点です。
1,アナログ力 匠の技といったものを活かした高品質製品
2,人と人とのつながり 人を大切にする経営
3,老舗力 日本には世界的に見ても非常に多くの老舗があります。
老舗というものは、「先祖代々の店を子孫に引き継ぐ」という思いで繋げられます。
つまり、老舗経営というものは「将来を考える経営」でもあるわけです。
そこに、未来まで続けられる経営方針というものが重要視される姿勢があります。
4,アレンジ力 日本には大陸からすべてのものが渡来してきましたが、それをアレンジして受け入れてきました。
ガラパゴス経営が世界制覇をすることはなさそうです。
しかし消えてしまうこともありません。
生きていけるニッチを見つけてそこでしぶとく生き残るということを目指すということなのでしょう。