古代ローマや中世のイタリア諸都市などを舞台にした長編小説の数々を書かれている塩野さんですが、この本はヴェネツィアの外交官の報告書についてあれこれ書かれた随筆をまとめたものです。
ヴェネツィアは中世から近世に至るまで地中海周辺の貿易で栄えた都市国家でしたが、軍事力はほとんど持たず外交を主体に各国と渡り合っていました。
そのため、各国に派遣される外交官たちは相手国の国情から有力者のスキャンダルまであらゆる情報を収集し、本国に報告していたそうです。
そういった報告書が今でも閲覧可能となっています。
塩野さんは旺盛な好奇心と、何か小説のヒントになるかという思いからそれらの文書を見て回ったそうですが、その中から小説には使わなかった話題を基にこのエッセイを書いたということです。
第一話「ゴンドラの話」では、ヴェネツィアといえば誰でも思い出すあの舟の話が語られます。
イタリア本土に異民族の侵略を受け、湿地帯に逃れて住むようになったため、普段の生活にも舟を使わなければならなかったヴェネツィアですが、今のような黒一色の形になったのは新しいことのようです。
舟の形も色々と変わってきたようですが、昔のものは記録が残っていません。
15世紀になり画家のカルパッチョの絵で残されているゴンドラは今の物とはかなり違い、吃水が深くフェルゼと呼ばれる小さな船室がありました。
その後16世紀になると色とりどりの彩色が施されるようになり、中には金色に塗ったものも現れます。
フェルゼもビロードや高価な刺繡の布で飾られるようになり、ガラス窓を装備したものもできます。
それに対し共和国政府は贅沢取締委員会というものを設け、ゴンドラを黒一色にするように指導します。
なかなかそれには従わなかった人々も、やがてヴェネツィアの経済力が落ちてくると仕方なく黒のラシャで覆うだけの舟になってしまったということです。
第二十話「シャイロックの同胞たち」で語られているのは、シェークスピアのヴェニスの商人のユダヤ人シャイロックについてです。
シェークスピアはヴェニスでユダヤ人が虐げられ差別されているように書いていますが、実際には当時のヴェニスでは他のヨーロッパ諸国よりもはるかにユダヤ人の地位は高かったのでした。
とは言っても、他の人々と同じような待遇ではなくやはり区別はされていたようです。
しかし16世紀のヴェネツィアのユダヤ人たちは金融業などに従事し重要な地位を占めるようになったそうです。
シェークスピアの描くシャイロックはあくまでもイギリスのユダヤ人の状況を映したものだったようです。
「ローマ人の物語」は非常な長編で読むのも大変でしたが、このくらいの長さなら手ごろに楽しめます。