爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

どこにも行けないから昔の旅の思い出、新入社員の頃の社内旅行

社内旅行(慰安旅行とも言った)などはもう今は実施する会社も少ないのかもしれませんが、私が入社した40年以上前はどこの会社でも結構大がかりにやっていたものです。

 

それより少し前までは全員参加が当然、宿泊時の宴会では全員余興強制といった話もありましたが、さすがにこの頃には余興などはありませんでした。

しかし、酒を飲むことは大変なもので、行きのバスに乗り込むとすぐに酒が出てきたものでした。

 

旅行費用などは会社によってかなり事情が違ったようですが、私の勤めていた会社では福利厚生費の中から旅行費として使える分があり、それで足りない部分は自己負担ということになっていました。

そのため、職場によって違いはあり月々積み立てをするというところもあったものの、私が入社して所属した課ではそこまではやらずにできるだけ会社負担分で済ませるという方針だったため、あまり遠方には行かなかったものです。

 

しかし、私が入社した年だけは何を血迷ったか当時としては限界に近い遠方への旅行が計画されていました。

会社があったのは熊本県八代市、そこから延々とバスに乗り佐賀県唐津市に向かうというものです。

 

今では九州も隅々まで高速道路が張り巡らされかなり到達時間も減っていますが、その当時(昭和53年(1978))には九州自動車道熊本市南方の御船インターまでしか開通しておらず、八代から御船までは国道3号線を走りました。

途中でかつては国道沿いに栄えていた大型ドライブインにも寄ったのですが、そこもその年の暮れには高速延伸となってつぶれてしまい、今となってはそれがどこだったのかもわからないほどです。

御船からは高速を走ったのですが、福岡からはまたも国道。

朝から出発したものの着いたのは夕方でほとんど観光もできません。

辛うじて見たのが唐津城

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唐津城は江戸時代初期に寺沢氏によって建てられたものですが、その後取り壊されており再建されたのは昭和41年(1966年)だそうです。

子供の頃に父の勤務で福岡に住んでいた時に唐津にも行ったことがありますが、その時はまだ再建されていませんでした。

この社内旅行の後、家に帰省した時に父にこの写真を見せたら喜んでくれました。

 

他の場所もあまり訪れる余裕もなかったのでしょうが、虹ノ松原を眼下に見下ろす鏡山展望台には上がったようです。

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あまり天気も良くなかったのか、ぼんやりした光景でした。

 

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一緒に行った先輩たちの後ろ姿です。

一堂揃った前からの写真もありますが、さすがにそれを掲載するのはまずいだろうとは思いましたが、考えてみれば写っている人の半分以上は既に故人です。

この写真の中でも左から2人目の方は5年ほど前に亡くなっています。

 

帰りのバスもほとんど休憩以外には止まることもなく、皆疲れ果てて帰りつきました。

これに懲りて、翌年は熊本市近郊のホテルにて現地集合現地解散、翌々年は八代市内の日奈久温泉で宴会だけということになってしまいました。

年寄りには過酷な旅行であったようです。

 

その後、20年以上はこういった社内旅行が続きましたが、徐々に会社の状況が厳しくなり私の退職する頃にはもうできなくなったようです。

大変な思いでの方が多いのですが、それでも何となく懐かしく感じる旅行です。