爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「新型コロナの科学」黒木登志夫著

読んだ本の「読書記録」ですが、カテゴリー「ニュース」と付けたいほど最新のものと言えるでしょう。

中公新書側から提示された期間は4か月で仕上げてくれという話だったそうで、異例の速度で書かれたそうです。

 

著者の黒木さんは、もともとはガンの研究をされていたそうですが、その後は大学学長や学会会長と言った職を歴任、医学研究の現場とは離れたものの、だからこそ全体を見ることができたのでしょう。

 

2019年末には中国の国内だけにとどまっていたものが、あっという間に世界中を席巻した新型コロナウイルス感染症について、その基本的なウイルス学から感染の実態、各国政府の対策、日本の対策の問題点など、非常に詳しくそして(おそらく)かなり正確に描かれています。

なお、本書原稿の完成は2020年11月で、10月23日の時点の情報まで入れてあります。

巻末に11月23日までの情報を補ってあり、そこにはファイザー、モデルナのワクチンが完成間近というニュースが明るい話題として載せられていました。

 

パンデミックというものの歴史から始まり、ウイルスというものについての解説も怠りなく、その後この新型コロナウイルスについての記述が始まります。

 

最初に一番印象深かったところをまとめておきます。

PCR検査の遅れというものが初期の感染を押さえ込めなかった最大の要因と言われていますが、その元凶は厚生労働省にあったということです。

もう忘れかけていますが、「37.5℃以上の熱が4日間」続かなければPCR検査をしないということがありました。

その後、厚労大臣が「そんなことは言っておらず誤解だ」などと言いましたが、ちゃんと通達されています。

これがあるために多くの人が感染確認が遅れました。

これは、厚労省側が「行政検査」というものにこだわったためだということです。

そしてそれ以外の民間などでの検査は拒否し妨害してきました。

 

そして、もう一つの初動の遅れの要因がオリンピック開催であったようです。

その証拠に開催延期を決めたら徐々に対策も動き出しました。

これをもし、早く開催延期や中止を決めて動き出していたら・・・

 

 

ウイルスはどんどんと変異を繰り返し変わっていきます。

そのため、元のウイルスがどのようなものだったのか分かりづらくなってしまいます。

20世紀初頭のスペイン風邪のウイルスも、永久凍土に埋もれたイヌイットの遺体や、アメリカ軍の資料として残されていた兵士の遺体の肺の切片から取り出され、1918年のインフルエンザウイルスがPCRで分析されました。

その結果、この原型にちかいウイルスはH1N1インフルエンザウイルスだということが分かりました。

 

新型コロナウイルスの起源については、いまだに疑問点が多いとして再調査が求められていますが、この本では武漢ウイルス研究所の石正麗という研究者よりの情報としてまとめています。

それによれば、ウイルスの最初のホストはコウモリであることは確かのようです。

そして、初期の感染者は海鮮市場とは関係ありません。

その後海鮮市場でクラスターが発生しましたが、それは後からの感染だったようです。

ただし、研究所での実験はBSL2,3で行われたということで、著者は驚いています。

BSL2レベルの実験室は空気圧を低くしていないので、完全にウイルスが漏れないとは言えないものです。

また、ウイルスが人工的に強化されたと言った疑いは強く否定されています。

 

本書執筆の時点では、日本をはじめ東アジア各国では感染者が少なく重症者も少ないという状況が続いていました。

これがfactorXなのかどうか、その可能性についてもBCGを含めて記述があります。

ただし、非常に興味深いものが、一つの重症化遺伝子の存在が東アジアで少ないということがあるようです。

そして、その領域がネアンデルタール人から由来する遺伝子に近いということも分かりました。

実は、現生人類(ホモサピエンス)はアフリカから出た後各地で先行していた人類と交雑しており、その証拠がDNAに残っていることが分かっています。

ネアンデルタール人はヨーロッパに多かったため、そこから由来する遺伝子を持つ人も地域により分布に差があり、インドなどの南アジアで最も高く、ついでヨーロッパ、日本を含む東アジアではかなり低くアフリカにはほとんど見られません。

本当に、この遺伝子が重症化に効いているのかどうか、まだ分かりません。

 

 

日本の対応を評価し、ベスト10,ワースト10を発表しています。

ベスト

1,国民は要請であるにもかかわらず行動自粛、マスク着用、手洗い、など良く対応した。

2,三密、クラスター対策という言葉は秀逸で分かりやすかった。

3,医療従事者は検査不足、機材不足といった悪条件にもかかわらず献身的な貢献を果たした。

4,保健所職員は、政府の人減らし政策でただでさえ困難な中、厳しい業務をやり遂げた。

5,介護施設、政府が介護施設に注意を呼び掛けたのにすぐに応え、十分な対処を行ったため、外国と比べて老人の死者が極めて少なかった。

6,専門家の発言。ただし分科会に編成替えするまで。その時までは積極的な発言で国民に警鐘を鳴らし続けた。

7,自治体担当者、医療従事者だけでなく関係したすべての公務員は一生懸命業務遂行した。

8,ゲノム解析、国立感染研、地方衛生研は限られた条件の中、ウイルスのゲノム解析を行い感染の全貌解明に尽くした。

9,在外邦人救出、政府は中国などから在留邦人をチャーター便で帰国させた。

10,新型コロナ対応・民間臨時調査会、この報告書で政府内で何が起きていたか初めてわかった。

 

ワースト

1,PCR検査、なぜ積極的にやろうとしなかったのか。

2,厚労省、国民を守ることより行政的整合性を守ることに重きを置き、融通性にかけていた。PCR検査では国民に背を向け裏で政治工作をした。

3,一斉休校、専門家ばかりか文科大臣の意見すら聞かず、安倍首相の側近の進言によって断行された一斉休校で、教育現場、父母の生活などは大きな影響を受けた。

4,アベノマスク、これも首相側近の官僚の進言により、100億円以上の税金の無駄使いに終わった。

5,首相側近内閣府官僚、彼らは大臣や専門家を無視し政策を首相に進言、それを盲目的に受け入れた首相はもっと問題。

6,感染予防対策遅れ、3月のヨーロッパウイルス流入阻止に後れを取り、第二波の最中にGOTOトラベルを実施。

7,分科会専門家、分科会に格下げされてからの専門家は正論を言わなくなった。

8,スピード感の欠如、すべての対応が遅すぎた。早すぎたのは一斉休校とアベノマスクだけ。

9,情報不足、感染情報の発表は非常に限られていた。

10,リスクコミュニケーション、政府からの責任ある発表が何もなかった。結局、国民はテレビの情報番組に頼らざるを得なくなった。

 

非常に的確な見方だと思います。

 

この本の完成からもう1年近くなろうというのに、基本的には状況は変わっていないどころかますます悪化しているようです。

いつまで我慢するのでしょうか。