しばらく前になりますが、超常現象というものがブームのようになった時期がありました。
この本はちょうどその頃、あまりにも簡単に多くの人が超常現象を信じてしまうということに対して、認知心理学者の菊池さんが分かり易くブルーバックスに書かれたものです。
本書副題にもあるように「思い込みを生む体験の危うさ」、つまり「実際に体験」したことによって超常現象などを信じるようになるということは良くあることのようです。
こういった心理はかえって理科系の研究者などにも見られるようで、オウム真理教に入信した中にもこういったことがありました。
このような事例は、「外界のものを認知する」という人間の心理の働きから来るもののようです。
人間の眼とカメラは機構的には似ているのですが、人間が物を見るという時には眼で捉えられた画像をそのまま見ているわけではありません。
眼が捉えた画像を認識する際の枠組みとなる知識を「スキーマ」と呼ぶそうです。
そのスキーマの働きにより、画像そのままを脳に送り込むのではなくある処理をすることによって迅速に的確な判断をできるようになっています。
ところが、この働きが逆に「見たいものを見せる」ことにもなってしまいます。
何らかの予測ができるような事態で、次の事象が起きた時にはその予測に従ったものが見えてしまいます。
UFOの発見事例もかなりの割合でこの現象により説明できるようです。
記憶というものも「作り出される」ことがあるようです。
「幼時の記憶」などというものは、他者が刷り込むことによって簡単に操作されます。
数多くの心理学実験で示されるように、実際に見たという目撃事例であってもそこに上手く誘導尋問を重ねることにより、事実とは違う記憶に書き換えることは容易です。
「偶然とは思えない」という事例は身の回りに溢れているようです。
しかし、実際にはその多くは「偶然に起きた」ことであるようです。
それをなぜ「偶然とは思えない」と思ってしまうのか。
そこに人間の認知機構が関わっています。
何かの事象があった場合、それに関わる事象だけを次々と見つけ、だから「偶然とは思えない」と思ってしまうのですが、それに関わりのない事象が無数にあることは無視してしまいます。
そのため、何らかの力が作用しているかのように考えてしまうようです。
このような事例を挙げていくと、心理学者ではない人は「人間の思考システムは非合理的なものばかりか」と考えがちです。
しかし、実は人間は限られた能力を使って周囲の状況をできるだけ認知するためにこのような思考システムを使っているのだとも考えられます。
その意味では合理的な思考方法をしているとも言えるようです。
なお、そうではあっても現在の社会では「実体験」を過度に評価するような方向にあるようです。
それが行き過ぎると「体験したから事実なのだ」という実際には誤った判断も横行してしまうようです。
本書は1998年という、超常現象ブームとも言える時期の刊行ということで、この本でも「このような現象があるからといって、超常現象は無いとか間違いだとか言いたいわけではない」ということが繰り返し書かれています。
そういう風に捉えられると狂信者からのクレームが続出する恐れもあったのでしょうか。