自動車の性能が向上し事故があっても自動車乗員の被害は少なくなりましたが、歩行者の被害はなかなか減ることはありません。
そこには歩行者の心理、道路などの構造、運転者の死角など多くの要素がからんでいますが、これまでは中々そこを詳しく掘り下げた研究がなされていませんでした。
「歩行者の事故はすべて自動車側に責任がある」と公式にはされていることで、かえって事実が追求されないということもあるようです。
著者の松浦さんは警察や大学で交通安全について心理学的な立場から研究されてきました。
また工学系の研究者とも交流することでその視点から見た事故の一面にも気づかされたそうです。
そういった立場から書かれたこの本は、交通教育に携わる人々や道路交通行政、警察など広く読んで頂きたいということです。
「歩行とは」「歩行者をとりまく環境」「歩行者の行動」「歩行者事故の実際」「交通弱者としての子どもと高齢者」「歩行者事故の対策」という章に分けて論じられています。
特に、「子どもと高齢者」については様々な身体条件、知識、判断力など多くの事例が説明されており、非常に参考になる部分と思います。
歩行者の横断場所といえば「横断歩道のあるところ」だけとは限りません。
十分な横断歩道が設置されているとは言えず、それ以外の場所も横断する場合がかなり多いようです。
どのような場合に横断歩道を利用するかということを調査した研究がありますが、目的地が手前の場合にその先の横断歩道を利用するという人はかなり少ないそうです。
ただし、道路が広くて自動車のスピードが速くなるところでは、多少の回り道でも横断歩道まで行って渡るという行動を取るようです。
なお、信号のある交差点の近くを横断してしまう人が多く居ますが、車の側から見れば一番見づらい状況ですので、極めて危険な行動でしょう。
事故の原因となる過失は歩行者側にあることも多いのですが、警察の事故統計では歩行者には原則として事故原因は無いと見なす傾向が強いようです。
弱者保護の観点から歩行者事故の責任はドライバーにあるというスタンスは間違っていないのですが、事故防止の観点からは歩行者側の原因もきちんと押さえておく必要がありそうです。
歩行者側の原因としては、「安全確認無し」または「不十分」が半数以上にあります。
歩行者事故の半数以上は道路横断中に発生しており、「考え事」「わき見」「傘などで視界不良」「スマホを操作」「音楽を聴いていた」ということがあるようです。
歩行者事故の4分の1は信号のある交差点で起きています。
そのうちの6割は「歩行者が信号青で横断している時に右折車とぶつかる」事故です。
歩行者は信号が青で渡っているという安心感から周囲の動向にあまり注意を払っていません。
自動車側は右折のタイミングを見るのに神経を集中しており、なかなか横断歩道の歩行者に注意が行きません。
その結果、右折しだしてからようやく歩行者に気付くが時すでに遅く、という風に発生する事故が多いのです。
ただし、交差点の状態を整備することによりこの危険も減らせるそうです。
右折専用信号を設置して右折しやすくする、横断歩道の照明を改良して見やすくする、横断歩道付近の植栽や広告などを撤去するなどという対策は必要になります。
子どもの事故が多い点についても様々な考察がされています。
身長が低くて視野が狭いといったことは想像しやすい点ですが、より問題となることがありました。
実は幼稚園の年代の4~6歳程度になっても、交通標識の意味を正しく認識している子どもはほとんどいないようです。
中には「歩行者横断禁止標識」の意味をまったく逆に解釈し「渡って良い」と思う子も多いとか。
また交通用語もほとんど理解できないそうです。
こういったことが理解できるようになるのは、ようやく小学校に入る7歳くらいからだそうで、そのために小学1年生はまだ事故にあう例が非常に多いのだそうです。
これは特に幼稚園児などを対象とする交通安全教育でやり方を考える必要がある理由となります。
自動車の自動ブレーキや運転支援システムなどの装置の改良には力が入れられていますが、この本のような事故全体に関わる調査研究はなかなか進んでいないようです。