菊地成孔さんが大谷能生さんとともに東京大学教養学部で1年間の講義を行いました。
その前期の記録が「東大ジャズ講義録・歴史編」だったのですが、その後期の記録、2004年10月から2005年2月まで行われたものです。
後期ではジャズに関する「キーワード」を取り上げてその解説を詳細に掘り下げて行うという方向で実施されました。
そのキーワードは、「ブルース」「ダンス」「即興」「カウンター/ポスト・バークリー」というもので、ジャズを考える上で大きなものが選ばれています。
なお、この講義では各キーワードごとにゲストを迎える回を1度設けています。
そのゲストは、飯野友幸・野田努・大友良英・濱瀬元彦といった面々で、かなりの大物ゲストと言えるでしょう。
この講義を無料で(まあ授業料に入っているけど)受けることができた受講生の皆さんは相当な儲けものだったと言えるかもしれません。
第2章のテーマ「ダンス」は、なぜジャズに関する講義の中に取り入れられたかと思われるかもしれませんが、ジャズの歴史の中ではダンスというものは大きな意味があった者でした。
ダンスというものは古代からどこの人類社会でも行われてきたものですが、ヨーロッパ、アジア、アフリカを例にとってもまったく違う性格を持っているようです。
ヨーロッパの近世に王宮などで開かれた舞踏会で踊られたダンスというものは、今でもその「ダンスの譜面」が残っています。
それは、男女ペアの足の運びが書かれたもので、ヨーロッパのダンスが「足の運び」を基本として出来上がっていたことを示しています。
一方、アジア系のダンスは対照的に上半身が主流です。
バリ島のケチャ、日本の盆踊りでも「手踊り」がメインで手でリズムを取っています。
アフリカのダンスは足でも手でもなく、「体幹」でリズムを取るダンスだということです。
しかもそれをアフリカ特有のポリリズムという複雑なリズム感で踊っていきます。
ジャズとダンスの関係ですが、アメリカでジャズが始まった早い時期からダンスの演奏として広まっていきました。
スイングジャズまでは完全にダンスホールの音楽だったのです。
それに反旗を翻したのがバップでした。
踊りの伴奏であることを拒否し、踊ることもできない狭い場所で演奏し、客はじっと座って聞くだけというスタイルになってしまいました。
しかし、その後またダンスに寄って行った音楽も出てきました。
最後の第4章は、バークリーメソッドというジャズ理論に対し、さまざまな異論が出されたという点についてです。
かなり深い内容で、難しいものでした。
1950年代から、ジョージ・ラッセルは自ら考案した音楽理論「リディアン・クロマティック・コンセプト」(LCC)を展開し、多くの人に広めようとしました。
しかし、それは難解なもので、直接講義を受けた人でも解釈できないということもありました。
また、本講義のゲストとして招かれて講演をした濱瀬元彦氏の「ラング・メソッド」も興味深い音楽理論ですが、これもその内容はかなり高尚なものとなっています。
この中では、物理理論としては疑問視されている「下方倍音」というものを取り入れて構築された理論の説明もされており、興味のある人にとっては得難い機会だったかもしれません。
なお、この中で濱瀬氏はジャズ演奏家の渡辺貞夫氏が著した「ジャズ・スタディ」という書籍について、「バークリーで習ったノートを自分の著書として平気で出版するという神経は私には到底理解できません」と厳しく批判しています。
非常に興味深い内容でしたが、前期の「歴史編」よりはかなり難しくなってしまったように感じました。