富士山などが世界文化遺産に登録されたのが2013年、しかしその時にはクリアすべき条件が付けられていたということはあまり知られていないでしょう。
そして、その条件が守られなければ「危機遺産」入り、そして登録抹消ということも言われていました。
この本は「富士山学」というものも提唱している都留文大教授の渡辺さんが、世界遺産登録で浮かれる世間に考えてもらおうと2014年に出版されたものです。
色々な面で非常に厳しい状況である富士山について、できるだけ知ってもらいたいということです。
同様の趣旨で登山家の野口健さんが書かれた本もその当時に読みましたが、この本の方がより詳細に書かれているようです。
そもそも、当初は「世界自然遺産」としての登録を目指していたはずですが、自然遺産というにはあまりにも自然が荒れ放題となっていたために、文化遺産での登録に転換し成功したと言われていました。
しかし、文化遺産だとしてもその荒廃ぶりはひどいものでイコモス(ユネスコ諮問機関の国際記念物遺跡会議)からも数々の指摘を受け、その是正策を期限付きで提出するという宿題付きでした。
それは、包括的保存計画の抜本的見直し/富士山信仰の巡礼道としての登山道整備/入山制限の実施/登山者過多による土砂流出の対策/富士五湖などの開発制御、といったものです。
しかし、本書出版の2014年時点でこれらに対しての対応策として取られたのは、5合目以上への登山者から任意で一人1000円の協力金を徴収するというものだけでした。
富士山が「傷だらけ」であるということは本書第2章で延々と紹介されています。
観光道路は入山者の過多でオーバーユースとなっています。
かつての登山道はゴミ捨て場と化しています。
山麓の地域に豊富に湧き出ていた湧水はその湧出量が激減しています。
山小屋などにバイオトイレという処理システムが導入されましたが、その能力不足のために10万人分が垂れ流しされています。
レンジャー(自然保護官)は日本全国で総勢300人、富士山地域には3名だけです。
ニュージーランドのトンガリロ国立公園ではほぼ同じ広さにボランティアを含め230人のレンジャーが居ます。
2005年まではタンク式トイレが使われており、秋季の閉山後にタンクを開けて垂れ流しということが行われていました。
それではあまりにもひどいということで、NPO法人などを中心にバイオトイレという生物処理型のトイレに交換と言う動きが出て、2011年には山小屋などのトイレはすべてバイオトイレになりました。
しかし、その当時の登山者数の年間20万人に少しプラスした25万人分の処理能力としたために、その後の登山者増加には対応できず、2013年にすでに6万人分がオーバー。
しかも故障で動いていなかったり、電気代がかかるため意識的に電源を切ったものもある状況です。
さらに秋季閉山後には山小屋からも人がいなくなり電源も切られているのですが、その後も登山者はあり、数万人分は垂れ流し状態です。
ただし、山小屋にこのような水洗トイレをさらに増設することが正しいのかどうか。
著者は、海外でも実績のある携帯型のトイレをすべての入山者が持参し、自分がしたものはすべて持ち帰るべしとしています。
ゴミはすべて持ち帰るということはさすがに日本でも浸透しつつありますが、糞尿もすべて持ち帰るというのは、これからの課題でしょう。
このような状況に対し、著者はかなり具体的にやるべきことを提示しています。
まず、縦割りでさっぱり機能していない管理組織を改め、「富士山庁」という中央官庁を作り、権限を一体化する。
豊富な水源を用いる企業や家庭から環境税を徴収し、森林再生などの費用にあてる。
レンジャーを増員し安全対策を充実させる。
五合目にビジターセンターを設置し、入山規制と安全管理を行う。
さらに、「世界文化遺産は返上して改めて出直す覚悟をもて」とまで言っています。
「世界遺産登録」が観光推進の目玉にしか見えなかった人がほとんどでしょう。
しかし、肝心の富士山の自然を崩しながら人を集めるだけではやがて元も子もなくなるということでしょう。