爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「医学の近代史 苦闘の道のりをたどる」森岡恭彦著

まだまだ治療の難しい病気はいくらでもありますが、ほんの少し前の状況を考えても多くの病気が治療できるようになっており、寿命も延びています。

特に近代になってからの医学の進歩というものは、非常に大きなものがあったのでしょう。

そのような医学の近代史について、自治医科大や東京大学の医学部で活躍され、日本医師会の副会長まで勤めたという森岡さんが、幅広く医学界全般について解説されています。

 

古代文明の世界にも医学の芽生えのようなものはあり、神に祈ったりする以外に何とか患者を救おうという試みがなされた形跡もありますが、ほとんど効果は無かったのでしょう。

やはり近代以降、様々な科学が進歩してくるにつれ、医学も徐々に変わり始めます。

18世紀には各地に病院が作られますが、そこでの治療はまだまだ効果的なものではありませんでした。

 

19世紀になるとようやく物理学や化学、生物学の進歩を取り入れて医学も動き始めます。

当時の基礎医学の発展の中心はドイツに移りました。

ミュラーやウィルヒョウといった人々が生理学や解剖学を急速に進歩させます。

さらに19世紀後半から20世紀になると外科の大発展が起きます。

これには、麻酔法の開発と消毒滅菌法の進歩が大きく関わっています。

それ以前の手術では麻酔もなしに患者の身体を切り刻むという凄まじい状況でした。

しかも消毒が必要という知識すらなく、手術はしてもその後の感染でほとんど死んでしまうという悲惨なものだったのが、消毒をすることにより劇的に改善しました。

消毒法の発見はゼンメルワイスの前駆的な提起はあったものの、医学界全体を動かしたのはイギリスのリスターでした。

彼はパスツールの微生物の発見に刺激され、フェノール消毒を開始し、化膿を予防する方法を開発し、徐々に外科手術の失敗を減らすことになりました。

 

その後も手術器械の進歩や手術室環境の改善が続き、それまでは不可能であった手術が成功できるようになります。

ドイツのザウエルブルッフは低圧キャビネット法を20世紀初頭に開発し、開胸手術がようやく安全に行えるようになりました。

ザウエルブルッフはドイツにおける最高の外科医としての地位を築きましたが、のちにノーベル医学生理学賞を受賞したフォルスマンは彼の教室から追放されたという経歴があります。

フォルスマンは「ザウエルブルッフの教室には俊英が集まるのに、なぜろくでもない医師ばかり輩出するのか不思議に思っていたが、上司の鞭に恐れおののき卑屈にしていれば褒められるというものだった」と語り、彼がいかに外科医として有能であっても指導者、教育者としては素養を欠いていたとしています。

森岡さんもわざわざこのエピソードを紹介したのは、特に医学教育関係者に対する注意喚起のためだったのでしょう。

 

現代でも精力的に取り組まれている大きな問題としては、癌との闘い、血栓症との闘いがあります。

また、基礎医学や薬学などを巻き込んで続けられている、内分泌や栄養、感染症、免疫学といった分野の紹介もされており、医学全般を捉えるには有益なものかと思います。

 

まさに今、新しいウイルス感染症に世界中が苦慮している最中ですが、医学はさらに力を結集し対応していくのでしょう。