爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「にっぽん縦断こころ旅」ボツ原稿第3弾発表と思ったら、放送休止になった。

NHKBSの「にっぽん縦断こころの旅」という番組に投稿してきたけれどボツになった原稿の公開を2回しましたが、来週は神奈川県に行く予定、その投稿もしたけれどボツになったようなので、それを公開しようかと思っていましたら、17日の放送の終了後に駒ちゃん(駒村多恵さん、番組ナレーター)が出てきて「コロナウイルスのため放送を来週から休止します」とのことでした。

 

屋外を自転車で走る番組ですが、その途中で沿道の人と話をするのが売り物ですので、それが危なくなれば番組継続も難しいでしょう。

実は、いつ休止になるか遅かれ早かれそうなるとは思っていましたが。

 

そんなわけで、今年の神奈川の回のために投稿した原稿は、実は「まだボツと決まったわけではない」ことになってしまいました。

 

それはしばらくの間保留としておきます。

 

その代わりと言っては何ですが、4年前の投稿原稿(やはりボツ)を掲載しておきます。

藤沢市の光景を取り上げたものです。

 

神奈川県心の風景

 

藤沢市羽鳥 耕余塾跡付近

 

正平さんスタッフの皆さんこんにちは。私の忘れられない風景は藤沢市羽鳥の耕余塾(こうよじゅく)跡付近です。

耕余塾とは明治初期に藤沢に作られた私塾で、当時の羽鳥村名主の三觜(みつはし)八郎右衛門が作り数々の門下生が学びました。その中には後の総理大臣吉田茂や、味の素創業者の鈴木三郎助(さぶろうすけ)もいたそうです。

とはいえ、そういったことは後で知ったことで、最初に行った時には何も知りませんでした。

 

熊本県の赴任先で結婚しまだ1年も経たない頃に藤沢転勤を命ぜられました。もう30年以上前になります。熊本出身の家内は初めて熊本を離れなければならないということで相当なショックを受けたようですが、なんとかなだめて引っ越しをしました。その時に入居したのが耕余塾跡から少し西側にあった会社の社宅でした。すでにその時にも建設以来数十年は過ぎていたボロアパートでしたが、多くの人とも知り合いになり、すぐに子供も生まれにぎやかに過ごせました。

子供はその後すぐ近くの羽鳥小学校に学び、耕余塾跡のすぐそばにあったピアノ教室にも通うようになりました。

昔の松林の名残か、曲がりくねった細い道ばかりの街でしたが静かで落ち着いたところでした。

そのうちに散歩の途中に耕余塾という名前を見かけ、調べてみたら多くの有名人を輩出した私塾であったことがわかり、驚いたものです。

 

その後、また転勤となり羽鳥の街を離れました。その後はあまり行く機会もありませんでしたが、先日訪れた時にはさすがに辻堂駅前も昔とはまったく光景が変わり、別の場所かと思うほどになりました。しかし、羽鳥のあたりは駅から少し離れているためかそこまで変化はないようです。

新婚間もない頃から家族を作り上げていった懐かしい場所です。その雰囲気を感じてください。

 

熊本県八代市 〇〇 〇 61歳

 藤沢市民にもほとんど知られていないと思います。

辻堂の北側の明治地区というところにあった明治時代の私塾跡でした。

吉田茂も学んだということで驚いたものです。