著者の丹羽さんは商社の伊藤忠商事の社長・会長まで勤められたのち、政府の各種委員会などを歴任して駐中国大使まで勤めた方で、単なる商社経営者というにとどまらず政財界の問題を広く考えるだけではなく、自然科学的な分野にも興味を持ちそれが現代社会に及ぼす影響まで深く考慮されているようです。
そんな丹羽さんが、地球や世界の現状と将来について考え、今後の日本をどうしていくべきか提言されています。
2019年1月の刊行ということで、最近の政界のスキャンダルから世界的な問題点、さらに「日本の国是」は何かというところから将来の日本まで考えていきます。
現状の重要課題と言う点では、「地球温暖化」「地震などの災害」「AI化の進展」の3点につき専門家との対談まで行ってその詳細まで考えていこうという姿勢は素晴らしいものかとおもいます。
ただし、その「専門家」の人選がどうであるかは少々気になるところですが。
本書冒頭はごく最近の話題、日本の政官界の劣化からトランプ大統領の過激な政策、米中の貿易戦争といった世界の混迷が深まる事態についての記述から始まります。
中国に対する制裁はかつてのココムの再来ではないかと言う指摘はもっともです。
ただし、中国の現状についての認識はさすがに中国大使の経験からかシビアなもので、やはり中国はアメリカには追い付けないだろうとしています。
それは、中国には世界からの信頼が無いということです。
国民からも信頼されていない共産党が世界各国から信頼されるはずはないというものです。
現状の日本の政官界の問題点について、かつての日本の官僚の特性として「法律違反はしない」と「前例を覆さない」ということがあったと挙げています。
それが進歩の妨げになったという面もありますが、硬い対応ではあるものも間違いは侵さないという利点はありました。
しかし、官僚のトップが法律の解釈を変えるということをしてしまい、それが「前例」になったら配下の官僚まですべてがそれに従ってしまい、唯一の日本官僚の利点すら失われてしまいました。
企業ではやりの「社外取締役」も形だけのものになってしまい、本当のガバナンス向上にはつながらず、社外取締役の報酬ばかりが高騰するということになっています。
科学的な立場から考える「日本や世界の大問題」では3人の専門家?との対談を中心に構成されています。
食糧問題も大きなものですが、これも「地球温暖化による気象変動」によるものとだけ考えています。
これはちょっと判断ミスではないかと思いますが、まあすべての問題点を取り上げるわけにはいかないでしょうから、仕方ないということでしょうか。
「地球温暖化」については、国連大学所長という竹本和彦氏という方を選んでいます。
この人は環境庁の官僚から国連大学に転じたという人で、根っからの研究者ではないようです。
そのためか、二酸化炭素地球温暖化説にまったく疑いも持たずに触れまわる伝道師のような説明です。
ただし、世界の気温のこれまでの歴史的推移について「データもないので想像だが明治時代までは気温もそう変化はなかったのではないかと考える」と言っています。
これはとんでもない話で、大変化は数万年単位で起きていますし、小変化(とはいっても現在の”気温上昇”など笑えるような大きな影響があった)は数百年単位で起きており、日本で言えば縄文時代中期、平安時代などは高く、戦国時代、幕末などは低くなったということは「データ」に入っていないのでしょうか。
こういった認識なしに「最近の気温上昇は歴史的に初めてのもの」などと言われても説得力に欠けます。
人口が増えて農業に使う農地を増やさなければならず、それが二酸化炭素上昇につながるということを挙げていますが、それほど食料不足が深刻であるという方が問題が大きく、それによる二酸化炭素上昇などは「些細な問題」と思いますが、そういった認識ではないようです。
「地震の予知と対策」については、防災科学研究所理事長という林春男氏です。
南海トラフ地震の状況によっては国が潰れるほどの被害がでる危険性があります。
それに対するには「国土強靭化」などという土建業界利益誘導策などではとても対処できないはずですが、その具体策は無いようです。
「犠牲者32万人、被害額220兆円」と言われても、どうしようもありません。
AI化で仕事がなくなるとかいう話は出てきますが、AIといってもできないことがある。
AIは高速でデータを分析しますが、決して「理解」はしていない。
2016年にマイクロソフトがTayというチャットボットを作って運用したのですが、一日に何万件ものツイートをしていたのが、ある時から急に人種差別的なことを言い出してしまいました。
黒人差別、ナチス賛美など人間であればまずいと思うようなヘイトスピーチを何のためらいもなく発信続けてしまいました。
AIは形式的な論理操作は超高速でこなしますが、言葉の本当の意味を知りません。
それは人類が共有する「価値」や「重要性」の反映であり、それを知らなければできないことはAIではできないということです。
そのようなAIを入社試験の判定などに使っているところもあります。
それで大丈夫なのという不安があります。
最終章で、丹羽さんは「日本の国是」を書いています。
大きなテーマですが中身はそれほど驚くようなものではなく、「平和と自由貿易」です。
世界で紛争が絶えなければ日本の安定もありません。
また自給自足できない日本では貿易が盛んでなければ生きてもいけません。
この後の世界はどうしてもアメリカと中国がせめぎ合いながら動いていきます。
その中でアメリカに完全に追随する今の体制はかなり危険なものを持っています。
世界のどことも友好関係を維持し信頼を得ることが日本の生き残る道だとしています。
最後に強調しているのは人材育成です。
すべての人が責任をもって後継者を育成していく思いが無ければいけません。
よく企業の経営者が「後継者がいなくて」などと言っていますが、後継者育成も経営の大切な一面でありそれに失敗した無能経営者であるということを表明しているようなものです。
会社や各組織、政府などそれぞれが後継者を育成していくという心構えが必要です。
ちょっと的はずれなところもありましたが、全体として的確な意見が出されており、特に人材育成という観点は忘れてはいけないことであろうと思います。