爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「だまし食材天国」武井義男著

食品の世界では表示が中身と違うといったことはよくあることで、それが安い食材を高級品と偽るのがはなはだしければ問題ともなりますが、そこまで行かずとも目に余るということもしばしばです。

 

こういった、「だまし食材」というものについて書かれているこの本の著者は、食品関係の専門家ではありません。

著者の武井さんは若くしてアメリカに飛び込んでいったお医者さんで、その後各地の大学で研究を続け教授にまでなった方で、相当なやり手と考えられますが、一方では非常な食通で各地で最高の食材を食べ歩くということをされていたようです。

今では医業関係の職はすべて離れ、著述をもっぱらにしています。

著書も多くは医療関係のもののようですが、本書は著者が非常に興味を持っている食について書かれたものです。

 

とはいえ、さすがに一流の医者である方は食材についての探求心も一流と言うべきで、食材の品種や畜産物の血統など、多くの分野の最新の研究内容も調べ、専門の論文などもチェックしているようで、その知識内容はかなりのものと見えます。

 

ただし、こういった方に有り勝ちなことかもしれませんが、超上から目線とでも言うような姿勢がありありと見えてしまいます。

 

まあ、ほとんどの内容は間違いのないところでしょうし、その論旨も明晰なんですがだからこそちょっとケチを付けたくなるところもありました。

 

感心した内容も数々ありますが、それは後で触れるとしてケチの方から。

 

食材の判定や評価と言った内容は、そちらの専門家から見れば「ちょっとどうか」という点もあるのではないかと思いますが、私には分かりませんので一応専門分野の端っこをかじったことのある「生物の分類学」の点だけで指摘しておきます。

 

「生物の「学名」は”ラテン語ギリシア語”と書かれています。」とありますが

これは間違いで、「学名はすべてラテン語として扱う」のが正解です。

ギリシア語起源の言葉も数多く使われていますが、これは古代ローマ帝国時代にすでにラテン語の中にギリシア語が多く取り入れられていたからであり、学名命名の規約によればそれもラテン語として扱うことになっています。

 

「学名の読み方も学者先生によってまちまちで、私が見てもとんでもない間違いがある」と書かれている点については、

「ほとんどの学名の読み方は間違い」というのが現状です。

これは、特にアメリカなどの学者の読み方で顕著で、「学名はラテン語として扱う」のが原則であり、ラテン語としての読み方をするべきなのですが、英米人は英語読みしかしません。

たとえば大腸菌Escherichia coli は英米人は英語読みで「エシェリーチア コーライ」とでも読むのでしょうが、実はラテン語読みでは「エスケリキア コリ」と読むべきものです。

 

どうもこの先生は英語読みがすべて正しいと思っているようで、本書の各所に「英語では〇〇と読む」という注釈が出ています。

傑作なのは最初の部分で、例の「ミシュラン」についてわざわざ注釈で「英語ではミッシェリン」と書かれているところでしょう。

誰が見てもミシュランはフランスの会社でフランス語読みが当然というのは分かるはずです。

 

また、魚や海草などの和名についても「これじゃいかんと言うので、学者先生方が標準和名を付け始めたがこれがいい加減」と書かれています。

これも、標準和名というものは確かに混乱しており、まだほとんどきちんとした付け方はありません。

ただし、これにも生物分類学の専門家が命名に関与しているということはあまりないと考えられます。

確かに「学者先生」ではあるものの、例えば水産学や畜産学といった、応用分野の学者がやっているのではないかと考えられ、「命名規則」などと言うものはできていないでしょうし、まだ当分は混乱するでしょう。

なお、この本では頻繁に「学者先生」という言葉が使われていますが、これが著者が学者たちを尊重して使われているのではないことは明らかです。

 

アスタキサンチンを養殖魚に与えるという点でも、「天然ならよいが”石油から作られた合成”ではだめ」と簡単に断罪していますが、現状ではすでに工業的に作られたアスタキサンチンでも半数以上は発酵生産によるもののようです。

まあ、他にも「石油系原料から作られたアスタキサンチンではない」ことを売り物にしているところもありますので、それに影響されたのでしょうか。

 

まあ、ケチを付けるのはこの辺にして。

 

「食材のだまし」ということは頻繁に行われているのは明らかですが、特にひどい例として牛肉、うなぎ、マグロなどが挙げられています。

ただし、うなぎとマグロは「生物学的種」が違うものを同じであるかのように売られているという点は問題ですが、牛肉の場合は「生物学的種」はどれも同じです。

「品種」と言われているものは、血統や飼育方法の違いによるものですが、人間が食べる時にどう感じるかということは、非常に微妙な問題であり、ほんのわずかな違いしかないとも言えるでしょう。

それで値段が桁違いということにもなりますので、大問題なのですが、「生物学的種」を振りかざして論議するわけには行きません。

これは、「関アジ、関サバ」でも同様であり、種は一緒でも取引価格が大幅に違うということになってしまいます。

このあたりには、消費者のブランド信仰にも大きな原因があるため、生産者流通業者ばかりが悪いとも言えないのですが、中には「だまし」テクニックを使って儲けている悪徳もいるのでしょう。

 

うなぎの場合で、ニホンウナギではないシラスを養殖して売っているというのはやはり問題であるのは確かでしょう。

美味しいかどうかは人により感じ方が違いますが、原種が何かということは明らかにすべきことです。

しかし、ニホンウナギの稚魚はもうほとんど採れないという事実をどうするか、業界にとっては難しい問題です。

 

有機農産物」にも批判の目を向けていますが、「有機」という言葉に対しての反感はさすがにアメリカ在住でも同様と言うべきでしょうか。

有機農業が「organic」というところからきているのは、向こうが先ですが、医者に限らず理系科学者であれば「organic」は「有機化合物」であることは明白に分かっています。

それがなぜ「農業」と結びつくのか、素直に考えれば疑問ばかりです。

有機化合物肥料だけを使うのか、しかし肥料として植物が吸収できるのは原則として無機化合物だけです。(ちょっとだけ例外もあります)

まあ、この辺は政治的な要因が多いところですので、科学的議論には限りがあります。

 

最後に、「ペットボトルの水」はアメリカも日本同様ひどいということも触れられています。

ほとんど水道水と変わらない水をペットに詰めただけで数千倍の値段で売っている製品が数千種とか。

しかも目隠しテストをしたら水道水もペットボトル水も分からないというのも日本同様でした。

 

だまし食材天国 (日経ビジネス人文庫)

だまし食材天国 (日経ビジネス人文庫)

  • 作者:武井 義雄
  • 発売日: 2012/11/02
  • メディア: 文庫