爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ヒトの脳にはクセがある 動物行動学的人間論」小林朋道著

「クセがある」という言葉は、「かなり偏った性質がある」という意味で使われますが、この本はまさにそういった意味で人間の脳の働きを解説しています。

 

人類が現生人類になってから20万年、それ以前の原人となってからは200万年以上が経ちますが、そのほとんどの時期に主にサバンナのような場所で「狩猟採集生活」を送ってきました。

実は、人間の脳の働きを調べていくとその狩猟採集に適するように特化していったように見える作用が数多くあります。

農耕牧畜の生活に移行してから約1万年、さらに都市での生活はせいぜい長くて2000年しかありませんので、本能の中にはほとんど狩猟採集の頃の「脳のクセ」がそのまま残っているようです。

ヒトの脳がもっとも適応している状況というのは「現在で言うとアフリカにあるようなサバンナ(草原+バッチ状の林と湖)で部族単位の狩猟採集生活を送る」というもののようです。

 

 

本書最初の導入部は、「なぜマンガは文字より分かりやすいのか」です。

子供の楽しみとしてだけでなく、「マンガで分かる化学」などという本まで販売されていますが、一般的にどうやらマンガにした方が分かりやすいと言えるようです。

また、脳の障害として、「読字障害(ディスレクシア)」という病気があります。

他の知的能力にはまったく問題がなく、言葉をしゃべったり聞いたり、また運動能力にも異常は無いのに、文字の読み書きだけができないというものです。

この原因ははっきりとは分かっていませんが、「文字の使用」というものはせいぜいまだ5000年程度の歴史しかなく、その短い間に本格的な脳の適応ができるわけはなく、文字の使用というものは本来は別の目的のために進化した「39・40野」という脳の一部分を文字の認識に流用しており、訓練でそれを可能にしているだけだという仮説が有力です。

そのために、少しのきっかけでその回路が狂ってしまうという解釈です。

 

本書題名にもなっている「脳のクセ」とは次のように定義できます。

「ヒトの脳は外界からの光や音の刺激をなんでも取り込んでそれらを偏りなく客観的に解析できる情報処理器官ではなく、取り込む刺激の種類や解析の仕方において、かなり偏りを持った情報処理器官である」

そして、その「脳のクセ」はこれまで長い間かかって作り上げてきた「狩猟採集生活」に最も適した方式にそってできあがっているようなのです。

 

何らかの外界の刺激に対して反応する脳内回路というものがあります。

これがどのように働くかということも、これまでの長い間の生活の蓄積が影響しています。

人間だけでなく、ニホンザルアカゲザルのような猿も持っているのが「ヘビやクモ」に対する恐怖反応です。

こういった動物はサルやヒトにとって非常な脅威でした。

現在でもインドではまだヘビによって命を落とす人が年間相当な数になるそうですが、これまでも長い間ヒトにとって恐ろしいものであり、そのためにそれが目に入ると恐怖を感じて大きな反応をしてしまうという脳の回路が働きます。

 

このような、特定の刺激に対して過剰に反応してしまう「特定恐怖症」というものがありますが、この対象になりやすいのは先進国でも途上国でもあまり変わりはなく「猛獣」「ヘビ」「クモ」「高所」「水流」「落雷」「閉所」だそうです。

これらのものに対する恐怖心というものは、本能の中に深く刷り込まれているのでしょう。

現在の生活の中で毎年多くの犠牲者を出している「自動車」「刃物」「電気」「銃」というものに対しては、このような「特定恐怖症」を起こすことは無いようです。

まだまだ、本能の中にまでは届いていないということなのでしょう。

 

サバンナで狩りをしていたご先祖様の遺伝がそのまままだ続いているということでした。

 

ヒトの脳にはクセがある: 動物行動学的人間論 (新潮選書)

ヒトの脳にはクセがある: 動物行動学的人間論 (新潮選書)

  • 作者:小林 朋道
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/01/23
  • メディア: 単行本