「公共サイン」とは、街角で見かけるような、公共用の看板や案内表示を指します。
駅名表示や道路案内、そして「禁煙」や「ポイ捨て禁止」といったものです。
こういったサインを扱った書籍というものは、多くはデザイナーなどが作る側から書いたものが多かったのですが、この本のお三方の著者は日本語学や社会言語学といった言語学の専門家です。
そして、その問題意識というものは「分かりやすいかどうか」に向いています。
特に、「外国人に対してどうなのか」というのが、この本の特色となっています。
そして、この観点から見ると、いかにこの「公共サイン」が変なものであり、役に立たず、単に景観を台無しにしているだけということが分かるようです。
「観光立国」を目指し、多くの外国人が観光客として訪れることが増えています。
また、長期短期を問わず日本に住んでいる定住外国人も増え続け、223万人にのぼるうそうです。
彼らは日本語に堪能な人もいるでしょうが、ほとんどはせいぜい片言しか話せない人でしょう。
その人々が町を歩く時に何がどこにあるのか、自分が行きたい方向はどちらかということを知る時に有用なのが「公共サイン」です。
その状況はどうなのか、どうやら使いやすいようにはできていないようです。
まず、どのような「サイン」があるかということからまとめられています。
1誘導サイン類 施設等の方向を指示するのに必要なサイン
2位置サイン類 施設等の位置を告知するのに必要なサイン
3規制サイン類 利用者の行動を規制するのに必要なサイン
4案内サイン類 乗降条件や位置関係を案内するのに必要なサイン
まあ、これではっきりと認識できるかは分かりませんが、だいたい想像はつくでしょう。
さらに、基本的な用語として次のようなものが使われます。
ピクトグラム:象徴化・定型化された絵や図。「非常口」を表す走る人の図案等
英語サイン:その地域の言語に加えて英語が表記されたもの
多言語サイン:英語サインに加えて他の外国語数種を同時に表記するもの。
ローマ字表記:地名や施設名などをローマ字表記したもの。日本ではこのローマ字表記と英語表記が混同されることが多く、様々な問題点を含む。
国際化ということが叫ばれることが多い日本では、「英語表記」さえしておけば国際化だという思い込みが強いのか、日本語プラス英語で表記してあるサインが非常に多くなっています。
しかし、その英語というものが間違いだらけ。
しかも丁寧に書きたいと思ってか、命令文で簡潔に書けば良いものを、やたらにpleaseを連発するものがよく見られます。
そのためかえって見づらく分かりにくいものになってしまいます。
現実に、日本を訪れる観光客、日本に住んでいる外国人は、どのような言葉を話し、理解できるのでしょうか。
2016年の在住外国人の国籍は、多い方から中国、韓国、フィリピン、ブラジル、ベトナムとなっています。
これだけで彼らの使っている言語、理解できる言語は分かりませんが、だいたい英語話者は少なそうだということは想像できます。
国立国語研究所が2010年に調査した結果では、英語ができる人44%、中国語ができる人38%、そして日本語ができる人62%だったそうです。
つまり、「在住外国人に伝える効果が高い言語」は英語ではなく日本語であるということです。
ただし、「日本語ができる」といっても程度が色々であり、話すことだけできるという人が多く、字が読める、特に「漢字が読める」人はぐっと少なくなります。
ひらがな、カタカナが読めるという人は多いようです。
日本を訪れる観光客を国別に見ると、中国、韓国、台湾、香港、アメリカ、タイという順番になっています。
これも、国だけで見ると英語話者は少ないようです。
こういった、「日本にいる外国人」に色々な情報を伝えるためには、現在のような「日本語プラス英語」サインという英語サインタイプのものは、ほとんど役に立っていないのかも知れません。
特に、そこで使われている日本語は大抵が「漢字使用」でありフリガナは普通はありません。(駅名表示のみは平仮名で書かれている場合が多い)
漢字も英語も読めない外国人が多いという事実は考慮されていないようです。
道路標識の英語化ということが進められています。
国土交通省のガイドラインで、2014年には日本語にくわえて「英語表記を基本とする」と決められてしまいました。
そのため、「憲政記念館前」という位置表記が以前は「Kenseikinenkan」であったものが「Parliamentary Museum」となってしまいました。
どうやら、日本にいる外国人は英語が理解できるものと思い込んでいるようです。
実は、「Kenseikinenkan」ならばローマ字だけは読める外国人がそのまま読めば、なんとなく「憲政記念館」であることは想像できる可能性があるのですが、英語が分からない人には「Paraliamentary」が何かということも分からず、そして、何よりひどいことに、これを読んでもその辺の日本人にはそれが「憲政記念館」であることが伝わらないということです。
さらに、変な略号が頻発しており、Spa.だのPref.だの、英語のネイティブスピーカー以外には分からないような暗号が使われています。
どうやら、アメリカ人だけが外国人だと勘違いしているようです。
ローマ字表記というものも変質していきます。
かつては地名表示のなかで「長音表示」が使われていました。
日本語では長音になるかならないかで、意味が全く異なります。
小野と大野は「ono」では区別できず、「o」の上に棒を引いた長音表示を使わない限りは「oono」と書かなければなりません。
しかし、そのどちらも使わないものが多くなっており、しかもその表記法というものの統一もされていないようです。
また、地名で◯◯城を◯◯jouと書けば読めば日本人にも伝わりやすいものを、Kumamoto Castleと書いてしまい、外国人が「クマモト キャッソ-」と読んでしまって大抵の日本人にはすぐには伝わらないということにしてしまっています。
公共サインが使われているのは、通行人も多い場所が多いのですが、日本の場合そこに示されているサインが多すぎるという問題点があります。
それも、わざわざ書くまでもない不要不急のサインが大半であり、本当に必要なサインはその中に埋もれて見ずらいということになっています。
著者が通勤に使っているJR恵比寿駅には、25種類の注意喚起のサインがあったそうです。
サインを見てすぐに無視できるのは日本語ネイティブだけで、それが必要な情報かどうかをすぐには判断できない外国人にとっては邪魔なだけです。
なお、公共サイン以外にも広告となる商業サインというものが同時に使われるのもやむを得ないことです。
しかし、ヨーロッパの例では「公共サインは頭上、商業サインは床置き」といった分離がされており、見落としがしにくくなっていることがあるのですが、日本では無秩序に同居しているためにこれも日本語ネイティブ以外には非常に見づらいものになっています。
何らかのルールが必要でしょう。
駅や空港など、多くの人が集まる場所で特に緊急に必要なのは「トイレ」と「コインロッカー」です。
しかしこれも「日本語表示だけ」といったところがまだ存在し、せいぜいそれに「英語表示」が足されていても両方とも読めない外国人には手も足も出ません。
こういうところはぜひ「ピクトグラム」表示をして頂きたいものです。
あの、ズボン姿の男性とスカート姿の女性の記号ですが、どうも日本ではそれを大きく書くのは品がないと思われるのか、あったとしてもごく小さくデザインされていることがよくあるそうです。
実は、「トイレのありそうな場所」というものも、国によって差があり、日本のようにすこし入りくんだところにトイレの入り口を作るというところばかりではなく、中国では長々と廊下を入らねばならず、また「壁に直接ドアがある」タイプのところも多いようです。
外国人を招くということは、結構身近なところから考え直さなければならないようです。
一部の人たちが考えているように、皆が英語で道案内できれば良いといったものではないのでしょう。
著者のお一人が石川県の北陸科学技術大学の教授ということで、実例の写真が金沢周辺のものが多く使われており、懐かしく感じました。
とくに、「悪い例」で出てきた北陸鉄道野町駅はたびたび利用した駅でした。
「→お手洗い」という表示では、たしかに外国人にはなんだか分かりません。