この本は、本ブログ開設直後に読んで書評を書いていますが、まだ書き方も安定しておらず、見直してみても中身が分からないようなものだったので、再読してみることとしました。
「食糧の帝国 食物が決定づけた文明の勃興と崩壊」エヴァン・フレイザー、アンドリュー・リマス著 - 爽風上々のブログ
まあ当時はほとんど読者の方々もいなかったので、再掲しても大丈夫でしょう。
「食糧の帝国」という題名は大きすぎるようにも感じますが、これは「食糧を礎とした社会である」と本書「はじめに」に記されています。
これが成立するためには次の3つの条件があるとされています。
農民が自分たちで食べる以上の食糧を生産できること。
買い手に売るための取引手段が存在すること。
経済的利益をもたらすまで食糧を保存できる手段があること。
この条件が満たされると、その文明では都市生活というものが可能となります。
そのような「食糧帝国」というものは、言ってみれば「都市文明」ということですが、著者たちは特に「食糧」というものの価値と意味を重視したためにこのような題名をつけたということなのでしょう。
食糧の生産性向上は人類の創意工夫により進歩してきました。
ヨーロッパが農業生産を始めたのは中東や地中海沿岸と比べ新しい時代ですが、そこには牛に引かせて荒れ地を開墾できるような「モールドボード・ブラウ」という鋤が大きな力を発揮しました。
これで、北部ヨーロッパの鬱蒼とした森林を切り開き、畑地とすることができました。
そこにはそれまでに蓄積された大量の有機物が含まれ、豊かな実りを得ることができました。
しかし、それもあっという間に蓄積が失われ生産性が低下していきました。
古代ローマは属州をどんどんと獲得していき、特にエジプトの小麦は帝国中に運ばれました。
そのためには輸送手段が整うとともに、運んだ先での大規模な貯蔵庫が必要とされ、紀元前後の時代にはローマ周辺に週に5000トンもの小麦が運ばれ貯蔵されたそうです。
しかし、帝国のあちこちで農地が疲弊し生産量が減っていくと食糧確保も難しくなり政権も安定を失いやがて滅んでいきます。
ローマ帝国の衰亡はいろいろと原因が言われますが、食糧生産の衰退というものも大きな要因だったのでしょう。
現代では地球全体が一つの食糧帝国としてまとまってしまい、一蓮托生とも言える運命になっています。
農産物はその製造に最適の生産地に特化してしまい、エネルギーを大量に投入して作られたものが全世界に流通するようになりました。
しかし、そこには危うい側面があります。
農産物の製造には大量の水が必要です。
それを得るために巨大な水利工事を行い灌漑をしているところもあり、古代からの貴重な蓄積である地下水を使い果たそうとしているところもあります。
これまでのところ、増大し続ける人口の需要を満たすような食糧の生産が成功しているようですが、それがいつまでも続けられるか分かりません。
特に、水の確保が大きなリスクをはらんでいるようです。
農産物の生産には土壌への栄養分の補給が不可欠です。
これまでの文明ではそれに失敗し、新たな農地を開発してしばらくは栄養分の蓄積で高い生産性を得られても、やがてそれが尽きると不作に陥るということを繰り返してきました。
しかし、特に重要な窒素分の固定化でドイツ人のハーバーとボッシュが開発したアンモニア製造法は大きな影響を持ちました。
窒素分子に高温高圧をかけることで窒素原子に分離させ、そこに水素を化合させることでアンモニアを作り出すと言う方法は、これまで苦労し続けた窒素源肥料の製造を格段に容易にしました。
ただし、高温高圧を作り出し、水素を供給しているのは石油や天然ガスなどの化石燃料であり、それが安価に得られるならばという条件がついています。
現代の地球全体に広がった食糧帝国が、いずれかの危機が表面化し全世界の人間の生存が脅かされる事態になるのかどうか。
いずれはそうなる危険性は大きいものと考えられます。
食糧の帝国――食物が決定づけた文明の勃興と崩壊 (ヒストリカル・スタディーズ)
- 作者: エヴァン・D・G・フレイザー,アンドリュー・リマス,藤井美佐子
- 出版社/メーカー: 太田出版
- 発売日: 2013/02/01
- メディア: 単行本
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