爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「『スイス諜報網』の日米終戦工作 ポツダム宣言はなぜ受けいれられたか」有馬哲夫著

第二次大戦の終戦間近には、日本からもアメリカからも終戦に向けての交渉を模索する動きがあったようです。

特に、中立国スイスを舞台とする接触があったということは間違いないようです。

 

このあたりの事情について、取り上げて発表されたものがいくつかあり、例外なくそれらの終戦工作は失敗に終わった幻の終戦工作と描かれています。

ここには、当時海軍中佐でありスイス公使館付だった藤村義朗氏が書いた「痛恨、ダレス第一便」というものの影響が大きいようです。

これはその後ドラマとしても放映され、多くの人に強烈な印象を残しました。

 

しかし、そこで描かれたような、藤村氏が主導してベルンのアメリOSS(戦略情報局)の支局長アレン・ダレスと交渉し、終戦工作を行ったものの海軍省上層部がそれを無視したために交渉は失敗したという事実は無く、どうやら藤村氏の創作の部分が多かったようです。

 

本書では、著者の豊富な調査研究から、スイスを舞台とした日米の交渉の実際、そしてソ連の関与やローズベルトの死去に伴うアメリカ大統領交代、原爆の製造といったことがどのように進んでいったのかを描いています。

アメリカ側の担当者の中にも、ソ連参戦阻止や原爆投下阻止を目指して早期降伏のために動いた人々もいたのですが、彼らの努力は報われませんでした。

その辺の事情は、日本政府や天皇などが「天皇制維持」に執着していたということが大きく関わってきます。

最後には、ポツダム宣言受諾となるのですが、そこでの「無条件降伏」の中には「天皇制維持」というサインが隠されていたからこそ、天皇が受諾したのだということです。

 

「スイス諜報網」の日米終戦工作: ポツダム宣言はなぜ受けいれられたか (新潮選書)
 

 

 

スイスの日米交渉の真の登場人物は、まずドイツ人のフリードリッヒ・ハックという人物でした。

彼はトイツの兵器輸出商でしたが、ナチスの迫害を受けそうになりスイスに逃れます。

彼とOSSスイス支局長のダレス、そしてダレスの秘書のゲフェルニッツが主役でした。

さらに、ハックの協力者として朝日新聞特派員の笠信太郎も登場します。

そして日本側にはスイス駐在陸軍武官であった岡本清福、横浜正金銀行の北村孝治郎、国際決済銀行バーゼルの吉村侃といった人々が関わっていました。

 

ダレスの活動は、まだ降伏していなかったドイツの終戦工作とも並行していました。

そのため、ソ連の思惑がからみ複雑なことになります。

ドイツの終戦時にはソ連がベルリンに迫っていたためにアメリカやイギリスなども焦ることになります。

イタリアの降伏をめぐりアメリカが先行したためにソ連は不信感を持つことになります。

それが最後に残った日本の終戦ということに対して大きな影響を持つことにもなります。

 

ダレス達が目指したのは、ソ連がドイツに関わって東方に目を向ける余力のないうちに日本を降伏させ、アジアではアメリカが主導していくことでした。

ところが、日本は何は無くとも天皇制維持、国体護持ということが入れられなければ最後まで戦い抜くという態度を変えませんでした。

アメリカとしてはその条件は飲んでも構わなかったのですが、ソ連が強硬に反対しました。

そこには、日ソ中立条約を破棄し対日参戦するまでの時間稼ぎもあったようです。

 

しかし、1945年4月にローズベルト大統領が死去してしまいます。

代わったトルーマンは原爆製造完成が間近ということに執着し、これを使ってソ連や中国にアメリカの軍事力を見せつけなければならないという考えでした。

日本はその時点ではまだソ連の対日参戦の意図に気づかず、ソ連ルートでの和平工作に期待をつないでいました。

それが崩れた時点ではほぼ降伏しかないということだったのですが、天皇制維持の言質がなければ降伏できないという状況に追い込まれます。

 

アメリカ側の、「無条件降伏だが天皇制は維持」という言葉にはできないもののその裏の意味を読み取れというサインに従い、ようやくポツダム宣言受諾ということになります。

こういったサインの意味を伝えるにもスイスルートというのが有効だったようです。

 

歴史の表舞台には立てないにしても、このような交渉で努力をした人は居たのでしょう。

それにしても、天皇制維持にこだわることで戦争末期の数十万人の犠牲が積み重なったというのは明らかでしょう。

結局、その後の戦後歴史もその筋書き通りに進むことになったというわけです。