人間の身体というものは、不思議なほど精密に作られたようなもので、人体には無駄な部分など一つもないように思えます。
しかし、よく見てみるとなんとも残念と思えるような不都合なものが数々あるようです。
これは、地球上に最初に生まれた脊椎動物から人類に至る5億5千万年の進化の歴史が関わっています。
最初は魚の形から始まり、陸上に上がって爬虫類を経て哺乳類に変わってきた進化の中で、昔は大活躍した臓器だったものが無用になって小さくなり痕跡だけになったり、別の形に転用されているものもあります。
そういった「終わっている臓器」を紹介しようというのが本書の目的です。
よく「盲腸炎になった」と言われることがありますが、実際には盲腸の先に出ている「虫垂」という器官が炎症を起こす「虫垂炎」であることは知られているかもしれません。
盲腸自体も人間ではあまり役に立っていないように思えますが、さらにその先の虫垂に至っては何のためについているのか、すぐに炎症を起こしてしまう無いほうが良い器官のように思われます。
しかし、人間や肉食動物の盲腸は小さいのですが、草食動物では大きいのです。
草食動物は食べた植物の繊維質まで分解して栄養を取りますが、これには微生物の分解を利用します。
その、微生物を貯めておく器官が盲腸であり、さらに有益な腸内細菌を育てる場が虫垂であるようなのです。
盲腸から虫垂まで含めた器官が、腸と免疫の関係を司っているという仮説もあります。
そのため、かつては虫垂炎になると外科手術で切除していましたが、最近ではほとんど保存的治療で治すようにしているそうです。
誰でも足の小指、第5指をタンスの角などにぶつけて痛い思いをした経験がありそうです。
人間の感覚には、「固有感覚」といって自分がどういう位置に居てどのように動いているかを認識するものが備わっているのですが、その足の大きさが自身が考えているものより足の指1本分大きいようなのです。
つまり、人間の固有感覚では足の小指は正確に認識されていないことになります。
足の小指は退化傾向にあるのは間違いないようで、サルなどではまだ足の指を器用に動かることができますが、人間ではほとんど動かせません。
さらに、足の指には3本の骨があるのですが、小指では3本目が失われている人が多く、日本人では75%の人が2本しか骨を持っていないそうです。
ただし、足の小指はまったく不要になっているかというとそうではなく、事故などで足の小指を失った人はまっすぐ歩けないと言う報告例もあり、何らかの役割はしているようです。
腕の内側の手首の中央に、3cmほどの長さの「長掌筋」という筋肉があります。
かつては使われていたものの、現在では平行した位置の「撓側手根屈筋」などの筋肉が役割を肩代わりしているために、ほとんど使われなくなり、生まれつき失っている人が10%近くはいるようです。
この筋肉はもはや不必要と考えられていますが、最近スポーツ界で有名になりました。
野球選手によく見られる、肘靭帯損傷の治療法として行われる「トミー・ジョン手術」に使われるのがこの筋肉で、酷使で断裂した腕の靭帯を切除し、長掌筋の正常な腱の一部を移植するというものです。
長掌筋腱は、他にも鼻尖部の成型や、上顎腫瘍摘出後の欠損部の形成術にも使われる、「移植用器官」として有効な使い方がされています。
身体の不思議というものは、いろいろとあるものだと感じます。