爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」金谷武洋著

著者は長らくカナダモントリオール大学で日本語科の教授を務め、カナダ人の学生を相手に日本語を教えてきました。

そこではいろいろな手法で日本語の特徴を学生に飲み込ませることが、上達に役に立つものと考えたそうですが、そこで日本語の背後にある日本人の考え方というところにまで思いが至りました。

この本の題名も非常に大きく構えたようなものになっていますが、どうやら著者はかなり本気でそう考えているようです。

 

 

日本語を教えると言うと、まず日本語の文法を解説してと考えますが、日本語文法というものは明治初年に英語を始めとするヨーロッパ語に触れるようになった日本人が、それと同じような文法というものが日本語にもなければならないとして、ひねり出したものであり、実際の日本語には合っていないところが多いということに気づきました。

それらを大きく変換し、本当の日本語文法に近いものを教えることで、著者が教えたカナダ人の日本語科の学生の日本語能力は改善したそうです。

 

英語を習い始めた日本人が気づくのは、どんな文にも必ず主語が出てくるということでしょう。

それに比べ、日本語の文章では「主語」に当たる単語がほとんど見当たりません。

学校文法では、これは「主語を省略している」と考えるところですが、その考え方に間違いがあります。

日本語では、日常的な表現にも一々「誰が」ということを言いませんが、これは主語を省略しているのではなく、「話し手が相手に共感を求める」のだそうです。

 

「おはよう」と「Good morning」はどちらも同じ内容を意味していると言えますが、その成り立ちは全く違います。

「おはよう」は「まだ朝早いね」ということを省略しています。

その文には、話し手も聞き手も出てきません。

それどころか、向き合ってもいません。

これを情景で表すと、話し手と聞き手が地平線に顔を出した太陽を見て、「朝早いね」と言っている。

つまり、心を合わせているということです。

 

それに対し、Good morning. は「I wish you a good morning」の省略、つまり、「私」は「あなた」に良い朝をと望むということで、ここでも「私」が最大の主張をしています。

 

著者は大学卒業後にカナダに留学、その後偶然も重なりカナダ人に日本語を教えるということになったのですが、英語もフランス語も初めはそれほどうまくはありませんでした。

徐々に話せるようになって気づいたのですが、英語話者が話す声というのは、金属的音色とも言えるような声を大きく響かせています。

それに対し、日本語は非常に低い声で静かに話すようにできています。

多くの日本人が英語が不得意に感じるというのは、この点が大きいようです。

また、日本人は話をする時に相手の目を見つめるということが不得手です。

というより、そのようなことをするのは不躾だと感じてしまいます。

逆に英語話者は相手の目を見て話すのが当然であり、それをしないのはいけないと感じます。

著者がカナダ人学生に教えるときも、これをしたら日本人は違和感を感じることを説明したそうです。

 

学生に自然な日本語を教えるために、代名詞の使用はブロックしてしまうということもやってみたそうです。

英文を和訳する問題でも、人称代名詞ははじめからカッコに入れてしまったとか。

そうすると、学生もずっと自然な日本文を書くようになりました。

主語もいりません。

それは、「省略」するのではなく、元々述語に含まれているからだそうです。

「好きです」という述語には、すでに「あなた」も「わたし」も含まれている。

だから、わざわざ「あなた」や「わたし」を入れると不自然になります。

法研究家の三上章さんは「日本語は述語だけで文になる。日本語文法から主語という概念を抹殺しなければならない」と主張したそうです。

 

 

川端康成の「雪国」について、言語学者池上嘉彦さんが語った番組がありました。

「国教の長いトンネルを抜けると雪国であった」というのがその冒頭です。

サイデンステッカーがこの文を翻訳していますが、それは「The train came out of the long tunnel into the snow country.」というものでした。

しかし、この日本文と英訳文は同じではありません。

日本人が日本文を読んだ時に頭に浮かぶ状況は、「主人公が汽車の中にいて、窓の外を見ていると暗いトンネルからだんだんと明るくなり、ぱっと抜けると真っ白の銀世界だった」ということでしょう。

ところが、サイデンステッカーの英訳文を数人の英語話者に見せてその情景を絵に書かせたそうです。

すると、全員が「上方から見下ろしたアングルでトンネルを描き、列車がトンネルから頭を出していた」という絵を書いたそうです。

この実験で、池上先生が出した結論は、「英語が視点を状況の外に持つのは、英語に主語が不可欠だから」だということでした。

 

 

第6章では、著者が長く外国人に日本語を教えてきて整理できた「日本語の特徴」が説明されています。

日本語は外国人にとって難しいと言われていますが、そんなことはないそうです。

 

日本語の特徴は「文法が簡単」「発音が簡単」「基本文は3つだけ」「主語はいらない」「動詞文は動詞で終わる」「形容詞はそれだけで文」「”名詞+は”は主語ではなく”主題”」「日本語は、て、に、を、は、が支える」「外来語を柔軟に受け入れる」といったものです。

 

なお、英語には主語が必須だと言われますが、歴史的には昔から必須であったわけではないようです。

それはやっとシェークスピアの時代になってから、17世紀からは近代英語と言われるようになりますが、それ以降のことでした。

 

こういった、日本語の特徴というものは、それを話す日本人の心にも影響を与えており、相手と共感することが日本語の特徴でもあるので、優しくなるそうです。

カナダ人学生も日本に留学するとすっかり性格が変わるとか。

 

そして、それこそが「日本語が世界を救う」ということにつながるのだそうです。

 

非常に面白い見方をされており、確かにそういう一面もあるのかなと思いますが、「そんなわけないじゃん」というのが読後感です。

「だったら安倍首相や菅官房長官、麻生が話しているのは、何語だ」というところでしょうか。

まあ、非常に汚らしい日本語ではあるのですが。

 

日本語が世界を平和にするこれだけの理由 文庫版

日本語が世界を平和にするこれだけの理由 文庫版