爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「モラルの起源 道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか」クリストファー・ボーム著

遺伝子の働きとして自らの生命を捨てても子供を守るといったことがあると言われています。

しかし、人間はどうやら自分の身を捨てても血縁外の者が危機に陥った時に助けようとするようです。

 

さらに、人間には「道徳、良心」というものが存在します。

「恥ずかしい」と感じた時に頬を赤らめると言う反応を見せます。

他のほとんどの動物ではこのような反応は起こりません。

いや、類人猿ですらどうやら無いようです。

わずかにボノボなど人類にごく近縁の種に少しあるようです。

 

このような「道徳、良心、利他行動」というものの起源とはどこにあるのか。

それを、チンパンジーの行動の研究が専門でそれと人類との比較をしてきたボーム博士が解明します。

 

よりよい繁殖相手を見つけようとして求愛行動を取るために自らを誇大に見せようとすることはほとんどの動物で行なわれています。

また、自分の子供の成長を有利にするために多くの食料を確保しようとする行動もよく見られます。

 

このような行動が特に強いものを、生物学的にアルファ雄と呼ぶようです。

ほとんどの動物種ではアルファ雄は生存に有利であり子孫繁栄につながります。

しかし、人類においてはアルファ雄は有利ではなく逆に集団から放逐されたり、甚だしい場合は死刑にされる例もあります。

 

このような一見して動物の本能から外れるような状況が起きたのは、人類が狩猟採集という食物確保の方法を取るようになってからのことでした。

特に、大型の動物を狩りで捕らえて食料とするためには、数十人のグループを作り獲物を求めて移動しながら生活していくことになりました。

そのような社会は完全に血縁関係にあるものだけでは形成できず、いくつかの血縁家族が集まってできていました。

そのような集団で、暴力やイカサマで獲物の配分を多くせしめようという、アルファ雄的な行動を取ることは、集団の構成員から忌み嫌われるようになります。

 

著者は、現代でも狩猟採集を行っている民族(イヌイットやピグミーなど)の調査研究を行ない、また他の民族の研究者の報告も参考とし、このような狩猟民族では各構成員の平等主義が非常に高く発達していくことを確かめます。

この民族を更新世後期タイプの狩猟採集民と呼びます。

 

 

その中で、誰も見ていないと思ってワナの位置を動かして多く獲物を取った男に対し、構成員たちから処罰が行われることを見ます。

そのような、「道徳的に問題ある」行動をとったものに対しては、最高刑で死刑もあり得る集団が多いということです。

 

つまり、アルファ雄的行動でフリーライダーの利益を得ようとする「反道徳」な者は処罰され排除されるということです。

 

これが、現在につながる人類の「道徳」の起源であろうということです。

 

したがって、類人猿でも狩猟を行なわず植物採取のみで食料を集めるゴリラなどではこういった道徳律はまったく発達しませんでした。

チンパンジーでもわずかに小型動物を狩ることはあるもののその発達は見られないようです。

 

最後に、総合研究大学院大学の生物学の長谷川眞理子さんが短いながらも分かりやすい解説を書かれています。

それによれば、ボームのこの本での学説の特徴として、集団の「裏切り者」の考え方にあるとしています。

通説では「裏切り者」は利他者のフリをしてこっそりと利益をかすめ取る騙し屋とするのが普通ですが、ボームの場合は力の誇示で他社を制圧し、利益を独り占めする暴君も「裏切り者」と定義しているところがユニークだということです。

チンパンジーなどにはそのような暴君が存在しますが、狩猟採集民では暴君をメンバーの総意で排除すると言う機構が備わっているそうです。

 

なお、このような裏切り者をこれまで排除し続けてきたのですが、そのために排除された裏切り者が子孫を残すことは難しくなり、「裏切り者遺伝子」は減少するはずです。

しかし、いつまで経ってもそのような「裏切り者」は新たに出現してきているようです。

本当に「裏切り者遺伝子」が存在するのか、疑問もあるようです。

 

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか