爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「日米開戦の真実」佐藤優著

大川周明という思想家が戦前活躍したそうです。

そのことについてはほとんど知りませんでしたが、民間人としてただ一人A級戦犯として逮捕され、極東軍事裁判東京裁判)で公判中に前に座った東条英機のハゲ頭をペンペンと叩いたというエピソードには聞いた覚えがありました。

結局はそれらの奇矯な行動が精神障害とされ裁判は行なわれなかったようです。

 

しかし、その広範な世界情勢の認識は非常に優れたものでした。

真珠湾攻撃の直後の1941年12月に、NHKラジオで12回にわたる連続講演を実施、その内容は翌年に「米英東亜侵略史」としてまとめられ出版されました。

これは、アメリカとイギリスが東アジアを勢力下に置き植民地とするために実行してきた侵略の過程を克明に記したものであり、その的確な状況把握は当時群を抜いたものと言えるものでした。

東京裁判で大川の公判を打ち切りとしたのも、裁判の場でそのような議論を許せば米英の立場を揺るがせられる恐れがあったために、不問としたとも言えます。

 

本書はその大川周明の「米英東亜侵略史」をそのまま掲載し、それについて著者の佐藤優氏が解説を加えています。

イギリスのアジア侵略の過程は歴史が少し古いためによく知られているとも言えます。

インドには暴力と知力をフルに使って徐々に勢力下に置き完全植民地化を成し遂げたこと、そして中国に対してはアヘンを使った侵略のやり方等、歴史のもとにあらわにされています。

アメリカの侵略過程については、イギリスにかなり遅れたということもあり、またその後すぐに日本との戦争になってその後は日本を完全占領、まずい情報は隠蔽したということもあり、あまりはっきりとは認識されていないかもしれません。

しかし、それまでのモンロー主義から一転して帝国主義的発展を目指すようになり、太平洋を一気に勢力下に置きその西側にも手を伸ばし始めた時には日本が邪魔となったということは明らかです。

日本を飛び越して中国を勢力下に置こうとした野望の数々は、今では見えにくくなっていますが、戦前の大川周明にとっては非常に明白に見えていたものであり、それを本書では紹介しています。

 

日本の不幸はそのようなアメリカの帝国主義的発展の道筋にぽつんと置かれてしまっていたことであり、いずれは押しつぶされることは明らかであったという認識です。

 

その後の展開も大川の予測どおりとなったようです。

A級戦犯として裁判にかけられながらも精神障害とされて免訴、釈放されましたがその後も思想活動は続けられました。

 

大川は北一輝と親交もありました。

また、美濃部達吉天皇機関説を問題化して糾弾した反共主義者蓑田胸喜は大川をも批判のやり玉に挙げていたそうです。

そのような、国家主義者、右翼思想家についてはこれまでは興味の対象外でしたが、なかなかおもしろい活動をしていたとも言えるようです。

 

なお、本書の中で著者の佐藤さんは「国家存亡の危機に対して知識人が取る行動」として2つあるとしています。

第1は、自分だけが正しいと考え、それに固執する。

第2は、同胞が間違いを犯すとき、自分だけそこから逃れようとするのではなく、国民とともに誤った道を進む中で軌道修正を図る。

そして、大川周明は第2のタイプであるとしています。

明らかに第2のタイプを良しとしているようです。

現代は、明らかに国家存亡の危機であり、国も国民も誤った道を取っています。

私は「自分だけが正しいと考え」ており、誤った愚かな国民とともに進む気など全くありません。こういった知識人は佐藤さんからは否定されるのでしょう。