爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「道路整備事業の大罪 道路は地方を救えない」服部圭郎著

「道路整備事業」と題されていますが、広く自動車社会そのものを問題とする内容となっています。

 

ガソリン税など、自動車関係の諸税を道路整備にのみ使うことのできる「道路特定財源」という制度は、長い間道路整備の財源として機能し続けましたが、ようやく2008年になって一般財源とするように改正されました。

しかし、実情ではまだ多くの費用をかけて道路整備に明け暮れている状況です。

 

かつては「日本の道路は最悪」と言われ続け、「道路後進国」だから道路整備を進めなければならないというのがトラウマのようになっていました。

いまだに、その感覚が変わらない人々が多数居るようです。

 

しかし、道路関係の統計を見てみれば、道路延長距離については、国土面積あたりの数字も、人口あたりの数字も、さらに可住地面積あたりの数字も、どれをとってもヨーロッパの国々より道路延長は長くなっています。

さらに、道路の質をとってみれば、これは世界でもトップクラスの維持管理水準であることは間違いありません。もちろんそれだけの金をかけているのも間違いありません。

 

かつて、石原慎太郎東京都知事は、東京都の道路整備率が低いと主張しました。

ニューヨーク、サンフランシスコやロンドン、パリと比べても道路率(道路の占める面積比率)が低いということだったのですが、どうもその根拠も怪しいだけでなく、アメリカの大都市は極めて密度の低い構造であるということを無視した論理でした。

すでに先進国の道路行政論議では、道路率が低いほど都市環境が良いということになっています。

 

道路整備を進めることで政治家や地元に利権が転がり込むという体制を作ったのは田中角栄でした。

上記の道路特定財源制度の基を作ったのは角栄ですし、高速道路の利用料金をさらに高速道路建設にあてるという制度も作りました。

その当時は圧倒的に低い道路レベルを上げていくという意味がないわけではなかったでしょうが、すでに時代は変わっています。

 

地方においては、いまだに道路整備が地域活性化につながり、道路ができれば産業も増え、人口も増えるという信仰のような思いが残っています。

しかし、これまでの道路と地方の状況を見れば、まったく逆の現象が起きていることがわかります。

辺鄙な土地であったところに道路を整備し外部との交通を便利にすると、逆に人口がどんどんと減っていくというのが常に見られる現象です。

特徴的なのが、それまでは細々とでも営業していた小売店が閉店してしまうことです。

車で外部の大型ショッピングセンターに通えるようになると、地域の商店はやっていけません。

さらに、群馬県南牧村の例では、村の職員まで便利な都市部に家を持ち、そこから通ってくるようになってしまいます。

そうなると、村に残るのは車の運転のできない老人ばかりとなり、衰退する一方となります。

 

大きな地域でみれば、「ストロー効果」というものがどこでも具現化しています。

高速道路が開通し、高速バスが運行することにより、長岡市福島市山形市佐賀市などはそれぞれ新潟市仙台市、福岡市に消費者を吸い取られ、特に贈答品などの高級品需要が減少してしまいます。

 

また、道路整備の理由の一つとして「渋滞緩和」が持ち出されるのが特に都市部で顕著ですが、これもバイパス開通でかえって「誘発交通」という現象が起き、整備すればするほど交通量が増えるということになります。

バイパス整備で渋滞緩和するのは、ほんの一瞬とも言える状態です。

 

自動車優先の都市として世界的に有名なのはロサンゼルスとブラジリアですが、どちらも社会生活が破綻しかけており、そこからの脱却を模索している状況です。

日本の都市がこれらの失敗例の後を追う必要は全くありません。

 

日本で「道路特定財源制度」が作られたのは1950年代ですが、それには欧米各国の先例がありました。

イギリスでは1909年、フランスでは1951年にそれに類する制度を定めましたが、いずれも早い時期に廃止されています。

アメリカではいまだにこの制度が維持されていますが、中味の見直しはされているようです。

特に商店街という地域の活性化のためには、内部にまで自動車を入らせることはしないということの方が成功につながるようです。

 

ヨーロッパの諸都市では市電などの公共交通を整備し自動車の市街地への進入を排除する方向を取るところが増えているようです。

しかし、日本ではいまだに公共交通においても、事業採算性をうるさく言い出して反対する動きが強いようです。

この件に関して、本書の次の記述は重いものがあります。

「道路は公共財として無料で提供されるために事業採算という考えからすれば100%赤字となる。私的な交通手段である自動車が利用する道路に事業採算性のモノサシを導入せず、より公的性の強い交通手段である公共交通に関してばかりこの点を議論するのはおかしな話だろう」

 

まさに、その通りという主張です。

 

本書題名のとおり、「道路は地方を救えない」ということを早く認識できるかどうかが、地方の将来を決めそうです。

 

道路整備事業の大罪 ~道路は地方を救えない (新書y)

道路整備事業の大罪 ~道路は地方を救えない (新書y)