よく拝見して参考にさせていただいている、FOOCOM.NETの専門家コラムに、東大で栄養疫学を研究していらっしゃる児林さんが「低炭水化物ダイエット」にまつわる話を書いています。
www.foocom.net「低炭水化物ダイエット」とは、普通は「低糖質ダイエット」と呼ばれることが多いようですが、穀物などの糖質食品を制限して肉類などのタンパク質を摂取することでダイエット効果を上げるという行為のようです。
その効果は、記事の前半に書かれているように、様々な研究結果から見ても特に「糖質制限」がその他の食品摂取を制限することと比べて特に優れた効果をもたらすということはないようです。
しかし、記事後半ではこの「炭水化物摂取割合の高いこと」がいくつかの疾患罹患の割合を増やすという大掛かりな調査結果について書かれています。
Dehghan Mという方たちの発表した論文で、世界18カ国の低所得国から高所得国までで、摂取食品の栄養的な構成と各種疾患の発症割合が関係するかどうかを調査したもので、対象は35歳から70歳までの13万人あまりという大掛かりなものでした。
Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study. Lancet 2017; [Epub ahead of print].
この結果を見ると、炭水化物摂取割合が多い人たちは死亡率も高く、循環器疾患罹患率も高いということが読み取れるようで、これを見て低糖質ダイエット推進をする人たちはその科学的根拠が得られたと喜んでいるようです。
ただし、児林さんによると栄養疫学的に見てこの論文の解釈はどうやら簡単なものではないようです。
まず、得られた数字の解釈として、
左の死亡率が上昇しているのは、炭水化物からのエネルギー摂取割合がおよそ65%を超えたあたりからですし、右の循環器疾患の発症が上昇しているのは、75%を超えたあたりからです。
日本人の現在の炭水化物からのエネルギー摂取割合は平均するとおよそ58%です(文献3)。
また、日本人の食事摂取基準(文献4)では、元々炭水化物からのエネルギーの摂取割合を50~65%にしましょうと定められており、その範囲では影響はないことが分かります。
死亡率や循環器疾患の発症に関して、多くの日本人は、現状の摂取状況より少ない割合にする必要はなく、それをはずれていても食事摂取基準を目指して改善すればよいわけです。
ということがあり、そもそも現在の日本人の栄養摂取傾向から見ればはるかに高い炭水化物摂取量での傾向であり、ほとんど参考になる数字ではないということです。
さらに、もう一つは観察期間中に亡くなった方々の死因について、特にアフリカ諸国での死者は感染症によるものが多く、これは栄養状態の不良という問題が関わっており単に炭水化物摂取割合の影響とは言えないもののようです。
また、「炭水化物摂取割合が多いということは、貧困や十分な医療サービスを受けられないことと表しているからかもしれない」ということで、これは貧困者が特に肉類などが高価でそれほど食べることができないということ、さらにそういった人々は十分な医療を受けられないので死亡率が高いことを表しているだけだという疑いが強いという疑問です。
このように、児林さんがここでこの例を引いて説明しているのは、栄養疫学的な解釈というものが様々な背景を考慮しないととんでもない間違った結論を出してしまうということでしょう。
ただし、このような欠点と危険性はあっても疫学的研究というものは重要な結論を引き出す可能性は秘めているということだと思います。