爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「観光立国の正体」藻谷浩介、山田桂一郎著

外国人旅行者が2000万人を越え、国も観光立国という方針を打ち出し力を入れているようにも見えますが、その実、内容は非常にお寒いもののようです。

 

この本は、エコノミストとして活躍されている藻谷さんが、スイスのツェルマットに在住しガイドから始めて様々な観光産業に携わり、日本でも観光業のコンサルタント活動もされている山田桂一郎さんとともに作り上げた本です。

 

スイスは文句なしに観光業の先進国と言えるでしょうが、そこでは住民自ら地域の価値を高め、多くの観光客に満足して帰ってもらい、またリピートしてもらうという意識が徹底しています。

しかし、日本では旧態依然とした観光産業が今だにあちこちに残存し、わずかな補助金に群がるという状態のところが各地に残っています。

 

このような日本の観光を厳しく批判するこの本も、作り上げるまでは相当な時間がかかったようです。

それは、「好例」として取り上げようとした観光地が、本を書いている間にその地域の自治体首長が交代してしまったり、観光産業の指導者が入れ替わってまた「地元ボスゾンビ」が復活してしまったりということで、元の木阿弥になる例が頻発したそうです。

国からの補助金頼りの地方という構図がここでも横行し、自立しようとする人々の足を引っ張るという図式がどこでも見られるようです。

それでも、山田さんの提示する観光産業による地域の自立ということは、非常に魅力的な将来かもしれません。

そのためには、地域全体が相当変わらなければ。

 

 

 

スイスという国は今でこそ確固たる地位を占めているようですが、かつては山岳の貧乏国であったようです。

なんとか生き残るのに必死だった国が、主にイギリス人が観光客として訪れることで生き延びることに成功しました。

しかし、観光客というものは気まぐれなものですから、スイスという国を魅力のある場所にし続けるということを国民全体が共通の目標とし、それを維持していくということを最優先にしています。

スイスの観光価値は、値段が安いことではありません。逆に少々高くても質の良いものがあるということを重視しています。

サービスも、商品も、質の高いものを提供するということで、スイス全体に高品質という印象を持たせ、ブランド価値を高めました。

 

しかし、観光立国などと唱えている日本はどうでしょうか。

日本の観光業は落ち込み続けています。90年代をピークに宿泊数、消費額ともにずっと下落しています。もはや国内旅行というものは国民から見放されているとも言えます。

しかし、日本の観光業者はこの低迷は景気のせいだと考え続けています。

 

山田さんに言わせれば、日本の観光業がダメになった理由は、「一見(いちげん)の客を効率よく回すことだけを考え、客の満足度を上げるとか、リピーターを獲得するという努力を怠った」からです。

特に、高度成長期からバブル期にかけて団体客でにぎわった観光地で顕著です。

 

長期滞在する客に地域でのさまざまな体験をしてもらうという方向の旅行ができる場所がまだまだできていません。

長期どころか、3泊も続けて泊まると出す料理が無くなる旅館がいまだに多くあります。

旅行業以外のサービス業では「リピーターあってのサービス業」というのがビジネスの常識です。しかし、旅行業ではそれがまったく通用しません。

画一的な団体旅行が主流だった時代の感覚のまま、今でも営業しているところが多いのですが、すでに団体客のシェアは全体の1割まで減っています。

 

 

「観光でまちおこし」と言ったことが良く言われます。

しかし、これも大きな間違いです。

観光だけでまちおこしなどということは不可能です。実際はまったく逆で、「本当の意味で地域が良くなると、観光客もやってくる」ということです。

地域の生活文化、伝統風習、自然環境、地場産業など、その地域の魅力が増せばそれを見に来る観光客も増えるということです。

観光産業だけが何かしようとしても上辺だけのものになりかねません。

 

観光用の食材、ホテルの備品なども日本では安いものを求めて各地から購入するのが普通ですが、スイスでは地元で調達するのが原則です。そうやって、地域内でお金を回すということが、地域の活力を上げ、その魅力を上げることにつながります。

地元の商店街や企業が軒並み不況で、ホテルだけ活気ある状態では観光客が来ても町に出る気もしません。

ツェルマットでは条例で自動車の乗り入れを禁止し、馬車と電気自動車のみが走ることができます。

その電気自動車も大手自動車会社が開発したものをそのまま導入したわけではなく、1960年代に地域内の会社で作ったものを供給しました。

日本の観光地で一番欠けているのはこのような「地域内でお金を回す」という考え方のようです。

 

 

また、日本の観光地はどこでも同様ですが、世界の富裕層を迎える体制がまったくないのももったいない話です。

世界中で、レジャーだけに年間100万ドル(1億円)以上を使える人が約10万人いるそうです。

1泊数十万円、1食数万円でも納得すればポンと支払い、気に入れば何度でも来てくれるような客が存在するのですが、彼らのための施設は日本には存在しません。

最近ようやくその下のレベルの施設がいくつかできかけていますが、まだまだでしょう。

 

逆に、あふれているのが格安ホテルチェーンです。

こういったチェーンは全国一律の格安価格が売り物ですが、そのためにサービスも切り詰め朝も夜もバイキング料理でどこも代わり映えしません。

地域全体の活性化という意味ではマイナス要素ばかりのようです。

以前からの旅館も価格引き下げ競争に巻き込まれ倒産ということも出てきます。

 

 

 

地域を活性化し観光の魅力を増すということに気付いて行動を始めた人たちも出てきています。

しかし、日本の各地にはこのような動きに逆行し彼らを潰してしまうような「地域ボスのゾンビキャラ」というべき人々が存在します。

地域の権力者で、観光協会などを牛耳ってしまい、うっかり来た客を自分のところに誘導するようなことを平気でしてしまいます。

大型旅館の二代目三代目経営者などでこのような人物が見られるようです。

 

また、そのような種類の人間が自治体の首長に選ばれてしまい、間違った方向に政治を持っていくことも多々あるようです。

日本全体に見られるのですが、住民が政治家を選ぶ基準が間違っています。

経済活性化というものが、国からの補助金獲得だと勘違いしている政治家と、それに騙される住民という図式がどこでも見られます。

 

 

日本の観光は、高度成長時代の団体旅行で大きく形を歪めてしまいました。

バスや鉄道で団体を入れ込み、1泊させてまた次のホテルといった旅行形態で成り立つようなものになってしまい、現代の世界の旅行の形から大きく遅れたままになっています。

問題企業を名前を挙げて例証していますが、JR東海近鉄、そして観光地で言えば熱海、伊香保、伊勢志摩といったところです。

 

近鉄JR東海には客の立場に立ってサービスを考えるというところが決定的に遅れているようです。

近鉄ではクレジットカードが最近まで使えませんでした。また、乗車券はICカードでOKですが、特急券はそれが使えないから現金を出さなければならないなど、外国人には非常に使いにくい状態を放置しています。

JR東海では、紀勢線関西本線に挟まれた区間が第3セクターの伊勢鉄道線なので、外国人旅行者用のJRパスが使用できず、その場で車掌が現金を徴収するということをやっているそうです。日本を嫌いにさせようという企みのようです。

 

 

「おもてなし」という言葉が流行していますが、これも観光業者の都合の押し付けにすぎないところが多いようです。

本当に旅行者の気持ちを調べるマーケティングということを真剣に考えていないので、何を欲しているのかが理解できず、業者が勝手に考えたことを押し付けているだけです。

日本流の固定した接待を誰に対しても同様にしていても、多様な外国人には適していません。臨機応変な姿勢というものが必要でしょう。

 

カジノや統合型リゾートなどという法律もできてしまいましたが、カジノで上手くいっているところなどほとんどありません。

統合リゾートとして良いのはシンガポールのマリーナベイサンズとラスベガス、マカオの一部、その他はすべてうまく行っていません。

カジノ誘致と言っている人を見ると、藻谷さんは「ディズニーランドを見てきた人が、うちの町にも遊園地を作るとダダをこねる」ようなものだと感じるそうです。

 

 

観光立国を目指すのなら、まず「地域の価値の向上」を図ること。そうして地域の魅力を上げてそれを楽しみに来る観光客を増やし、楽しんで帰ってもらってまたリピータとして来てもらう。それが大切なのでしょう。

そのためには、大型旅館や大手旅行会社、鉄道バス会社など、これまでの団体旅行の夢が忘れられない連中の牛耳るような旅行業界から脱却しなければならないということです。

非常に明快な論旨でありわかりやすい本でした。

 

観光立国の正体 (新潮新書)

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