ヒトラー、ナチスといえばその侵略戦争とユダヤ人などの虐殺といったマイナスイメージばかりが強いのですが、その政権奪取の過程は民主的な選挙によって行われたというところは知られている方でしょう。
しかし、それがどのようなものだったのか、これもイメージ戦略ばかりだったとか、広告がうまかったとか、やはりマイナスイメージが付きまとうようです。
本書はナチスドイツについて特によく調べ書いているというライターの武田さんによるヒトラーが取った経済政策について書かれています。
第1次世界大戦で敗戦国となったドイツには巨額の賠償金が課せられました。
そのために非常に厳しい生活をしながら、それでも徐々に回復してきたドイツ経済がアメリカに始まった世界恐慌により叩きのめされます。
その状況から、奇跡的に経済を回復させたのがナチスであり、その政策には非常に優れたものがあり、見るべきものが多いというのが著者の主張です。
なお、本書はその経済政策といったものだけに絞って記述されており、ナチスのその他の侵略傾向や残虐な政策といったものには触れていないというのが著者の注意です。
トータルで見れば決して褒められることはないのですが、かと言ってすべてが駄目と捨て去ってしまうのは惜しいというところでしょうか。
第1次世界大戦で敗れたドイツには、巨額の賠償金が課せられただけでなくルール工業地帯をフランスに占領され、有名なハイパーインフレに見舞われることとなり、疲弊しきっていました。
それでも1920年代後半にはようやく回復したものの、1929年10月に始まった世界恐慌でドイツは大不況に陥りました。
そのさなか、1933年にナチスが政権の座につきました。
そして、その後の3年間に失業者を最大600万人だったものを160万人にまで減少させました。そして1936年の実質国民生産はナチス政権以前の最高水準を15%上回るまでに回復させています。
ナチスが政権について2日後には新しい経済政策、第1次4カ年計画を発表しました。
これは公共事業による失業対策、価格統制によるインフレ抑制、農民・中小手工業者の救済策などを主としたものです。
そして、これらの政策はきちんと実行され成果を上げました。
ナチスが独裁を可能としたのは、このような政策の成功で熱狂的な国民の支持を受けたからです。
公共事業として実施したもので有名なのはアウトバーンの建設です。
ヒトラー以前の公共事業費は総額で3億2千万マルクでした。それを初年度から20億マルクを支出するという大きなものでした。
アウトバーンも以前から計画は準備されていたとは言え、その年の9月には着工され3年後には1000kmが完成されました。
この膨大な資金を調達したのは、当時すでに世界的な金融家として有名だったシャハト博士で、彼をドイツ帝国銀行の総裁兼経済大臣として招聘したのでした。
その手段は国債発行だったのですが、それ以前にハイパーインフレを起こしていたドイツではこれはかなり危険なものだったのです。しかし、そのぎりぎりセーフというラインを見切って金額を決め、実施しました。
さらに、この建設工事を失業対策とするにあたり、支出先に大きなポイントがあります。
この経費の46%がなんと労働者の賃金に当てられていました。
日本では現在でも景気対策で高速道路建設などの土木事業が行われていますが、その支出はゼネコンや地主への地代に向けられるものがほとんどで、労働者に回る賃金はわずかなものです。
しかし、ナチスはそのアウトバーン建設にあたりまず労働者の賃金から逆算して予算を組んだそうです。さらに、労働戦線という組合を結成させ企業を監視することでピンはねを防止しました。
このために、その使われた金額は直接労働者に回る分が多く景気対策として抜群の効果を上げたそうです。
アウトバーンの完成は自動車の普及にも大きな役割を果たしました。わずかな間に自動車販売数は数倍にも上昇しました。これがさらに景気対策として有効だったのは言うまでもないことです。
さらに面白いことは、ナチスの雇用政策では中高年の雇用を優先したそうです。市場任せにすればどうしても若い人優先になりますが、これを強制力をもって中高年雇用優先にしたそうです。
ただし、こういった施策も失業者が激減したためにすぐに廃止になったそうです。
他にも労働者や中小業者、農民などのためになる政策を次々と実施していきます。
このような政策は人気取りという点だけではなかったようです。本質的にこういった面を持っていたのがナチスだったとも言えるようです。
そのために、初期の頃の国民からの人気は絶大なものとなりました。
しかし、経済基盤の弱さ、特に金の保有量がほとんど無かったというのが当時の金本位制の元では大きな弱点となり、それを無理にカバーしようとして軍備増強から侵略戦争へと進んでいってしまったということになります。
その後は全面的な連合国との戦争に発展し最後は破滅してしまいます。
それでも、ナチスの政策まですべて否定してしまうのはもったいないというのが著者の主張です。
日本など、かなりそれを取り入れる余地があるのではないか。
研究の価値はありそうです。
ヒトラーの経済政策-世界恐慌からの奇跡的な復興 (祥伝社新書151)
- 作者: 武田知弘
- 出版社/メーカー: 祥伝社
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