地政学といってもあまり内容がすぐには思い浮かばないでしょうが、WIKIPEDIAの定義によれば、
”地政学とは地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響を巨視的な視点で研究するものである。 イギリス、ドイツ、アメリカ合衆国等で国家戦略に科学的根拠と正当性を与えることを目的とした。「 地政学的」のように言葉として政治談議の中で聞かれることがある。”
ということになります。
著者の船橋洋一氏は朝日新聞の記者から最後には主筆とまでなった人ですが、アメリカにも長くいて各界の人々とも親しいようです。
アメリカを中心とするグローバル化の進展で、「地政学」といった各国の地理・歴史等はもはや影響が減少したとも思われることがあったようですが、最近の情勢ではかえってその意味合い、特に「地政学的リスク」という言葉が示すように危険度が増しているようです。
本書は、著者が「文藝春秋」に毎月連載している、「新世界地政学」を元に2011年から2015年までの記事をまとめたものです。
ただし、世界の様々な局面での問題点を取り上げているのですが、本書においての一番の問題は「シェールガス・シェールオイル」が今後の世界のエネルギーを救い、その生産量の多いアメリカは復活するという仮定に即して組み立てられているということです。
シェール革命というものが幻想に過ぎなかったということについては、このブログでも何度も取り上げていますが、賀茂川耕助さんのブログでも記事になっています。
それについては、次の記事にまとめました。
この「地政学入門」の本でいかに世界情勢について論じていても、これが基盤であれば大きく判断は狂うでしょう。
そんなわけで、内容については一つ一つ眉に唾をつけながらということになりました。
とは言え、各所に鋭い観察と指摘があるのには間違いありませんので、それら部分を紹介しておきます。
21世紀に入っての最初の事件が9.11テロであったのですが、それで地政学的ファクタ-というものが大きく問題化しています。
国境と難民(イラク・シリア・トルコ・ギリシャ)、石油(サウジアラビア・イラン・イラク、シェール)、民族(クルド等多数)、宗教(シーア派対スンニー派)、など、要するに地政学的パンドラの箱があけられてしまったということになります。
地政学というものは戦前にナチスがもてあそび、こね回したということもあって敬遠される風潮を創りだされたそうです。しかし、それは本来きれいも汚いもない冷徹が現実をできるだけ克服するための学問であり、日本でもその現実を見据える上でもこの地政学的直感力を身につけなければならないということです。
2013年9月の記事には、選挙で大勝した安倍政権に対しての提言があります。
勝利のあとには何もかもやりたくなるものだが、それをガマンすること。
経済の立て直しに全力を集中し外交は慎重の上にも慎重を期すこと。
かつて中曽根元首相は「国力以上の外交をしてはならない」と言ったそうです。その警告をしっかりと心にとどめておくべきである。「外交は内政に始まる」のです。
安倍政権はこの提言にすべて逆行しているようです。
本書最後の部分で、人口減少の傾向について厳しい見方をしています。
「人口が大きい国が成功するとは限らないが、人口が減少している国が地域大国としての地位を高めた例は歴史上存在しないとされる」と大所高所から(エラソーに)書かれています。
ここに本書著者の現実社会での指導的立場にあるというところから来る最大の弱点が見えます。
現在までの人口の爆発的増加というものは、あくまでも「エネルギー依存経済」による「エネルギーバブル文明」によるものです。
食糧の大増産などに伴う人口増加というものは、「歴史的に」常に存在したものではなく極めて稀な現象と言わざるを得ません。
その認識なしに、大国として存在するためには人口増加などと言われても困ります。
現実世界は確かに当分の間は本書の指摘のように進んでいくでしょう。しかし、いずれエネルギー供給の減耗という事態が起きた時にはこのような現在の権威の言うことも根本から崩れていくのかもしれません。