爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか」原田泰著

経済企画庁の職員でその後大和総研などで研究を続け、現在は早稲田大学に移られた原田さんの本は、2年前に一度読んだことがあります。

「日本はなぜ貧しい人が多いのか」原田泰著 - 爽風上々のブログ

その時は日本の年金支給額は高過ぎるといった主張に反感を覚えて、批評も否定的なものでしたが、今回読んだ「ベーシック・インカム」という本は非常に壮大なレベルで社会福祉というものを捉え直すものであり、実現性は低くいにしても、もしもそうできたらどんなに日本の実情を改善できるかという希望を持たせるものでした。

 

これまでの日本の社会福祉というものは、会社がすべてを守ってくれるという原則でできていたものです。

年金をとってみても、非常にわずかな国民年金部分に上積みする部分は企業と個人の拠出で賄われています。

このために、企業による正社員雇用というものがどんどんと減少していく現代においては社会福祉というものから抜け落ちていく人々が急増しており、このまま行けば生活保護に頼らざるをえない人が増えるばかりになります。

 

貧困に苦しむ人々が増加しているというのは明らかですが、それ以上に問題であるのは失業率はそれほど高いわけではない。すなわち、働いているけれど貧困である人が非常に多いということです。これをワーキングプアと言います。

これは資本主義というものが正当に機能していないということになります。

資本主義は働きたい人には仕事が与えられそれできちんと暮らせるというのが基本でした。貧しいのは怠けているか、身体を壊し働けないかの理由により、前者は自己責任、後者は生活保護すれば良いというものだったのですが、きちんと働いているにも関わらず貧困であるというのは社会主義にも劣ると言わざるを得ません。

 

それでは、ベーシック・インカムというのはどういう制度でしょうか。

これは一例で言えば、20歳以上の人には月7万円、20歳未満の人には月3万円を「すべての」国民に給付するというものです。

そして、それ以外の収入については全部一律30%の所得税を徴収するわけです。

これまでの制度では低所得者の免税とか、所得控除とかがありましたがこれらも廃止します。こういったものの代わりに全員給付があるわけです。

 

このような「究極のバラマキ政策」ともいうべき制度ですが、このようなことをすればいくら財源があっても間に合わないと言うのが普通の反対意見です。

しかし、この提案のすごいところは、今の政府がやっているような事業対策費や公共事業補助金等は不要になるのですべて廃止することでベーシック・インカムの必要財源とできるということです。

例えば、公共事業というものは建設業者に渡って彼らや雇用者の収入となりますし、農業対策費は農家の、中小企業対策費は業者の収入となります。

地方交付税交付金も間接的に地方の経済活動を力づけるために用いられます。

それらを廃止する代わりに直接すべての国民に金を渡してしまえということです。

 

このように著者に言わせる理由というのは、こういった業種別の対策事業というのがこれまであまりにも効果が上がらないものであったということです。

地方交付税などは無駄な事業に使われたり、公務員の高い給与を誘発したりするだけ、農業補助金なども農業自体の活性化にはまったくつながらず単に農家に金を流すだけ。

生活保護も数々の問題がありますが、その給付人口は貧困層の人数に比べてあまりにも少なすぎます。しかも、貰えることになったらその給付額は非常に高いということになります。生活保護を受けているのは人口の1.2%ということですが、実際には生活保護世帯のそれ以下の収入しかない人が人口の13%に上るといういびつな制度です。

 

このベーシック・インカムに対しては数多くの反論がありますが、それらについてはすべて解決できるということです。

1貧困は単にお金がないというだけではなく、教育・職業能力・社会適応力不足・家庭内暴力・虐待・疾病・傷害などの問題でありその面から対処しなければならない。

 

そのような問題に国家の福祉官僚が対することを無くすわけではない。貧困の主はお金がないことである。

 

ベーシックインカムで得られる所得は低額で不十分なものであり健康で文化的な最低限の生活を保障できない。

 

国家財政には限度がありある程度の低いレベルになるのはやむを得ない。しかし、現在のような現場の福祉官僚の恣意で生活保護受給を左右するような不公正からは脱却できる。

 

3貧困は人々の相互の助け合い、努力で解消すべきである。

ベーシックインカムはそのような助け合いを否定するものではない。かえって現行の生活保護制度は働けば100%保護費を削減するということで、自らの努力を否定している。また生活保護を受けられること自体が羨望を招く現状では人々の助け合いを妨げている。

 

ただし、問題はこの制度では移民を制限せざるを得ないということです。もちろん、福祉国家というものはどうしてもそのような性格を持たざるを得ず、無制限に移民を受け入れる国家ではまったく制度適用は不可能です。あくまでも現状の国民だけの限られた範囲でのものになります。

 

現状の社会福祉制度が今にも崩れようとしているのも、理由が良くわかります。速やかに対処しなければ大変な事態になるのでしょうが、このベーシック・インカムという制度は非常に有効なものになると感じました。

ただし、公共事業補助金交付金などもすべて廃止するということですから、現状の政治勢力ではまったく採用不可能でしょう。しかし、それ無しには財源が無いでしょう。結局は政治体制そのものを大きく変えて福祉国家とするということだと感じました。

 

しかし、普通は「バラマキ政策」と批判されるとたじろいで言い訳をするのですが、この著者は「バラマキで何が悪いか、現状はバラマキに遥かに及ばない」と堂々と議論をしている姿がかえって清々しいほどです。政策に精通しているとの自負からでしょう。

もっと他の著書も読んで見る必要があると感じさせるものでした。