爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「英語学習は早いほど良いのか」バトラー後藤裕子著

英語の習得は幼時から取り組まなければ手遅れになるというように考えられており、小学校での英語授業からさらに幼稚園以前でも英語教育を始めるといった風潮になっています。

ところがどうやら幼い頃から外国語習得の教育をやることが効果的かどうかということはそれほど確固とした根拠が見つからないようです。

こういったことについて、教育心理学を専攻し現在ではアメリカの大学で言語教育を研究している著者がこの問題にまつわる研究状況について解説しています。

 

早期英語教育を必要とするという立場の人が用いる理論的根拠に「臨界期仮説」というものがあります。これは動物行動学でローレンツが確立した「刷り込み現象」から引き出されたもので、ハイイロガンのヒナが生後すぐに目にした動体にずっと付いていくという本能が一定期間がすぎると消えるということから、臨界期と考えられるようになりました。

これが外国語習得の場合も成立するのではないかと考えられたものです。

 

言葉の習得と言うことを考える前に、用語の定義をはっきりさせなければなりません。第一言語とは子供が最初に習得する言語で、母語とも言います。ただし、実際はかなり複雑な例もあるようで、親が話しているというだけでは済まない事情も世界各国には山ほどあり、その後の教育を第一言語以外で受けると母語を忘れてしまうという事態も多いようです。

第二言語というものがここで取り上げる習得したい言語と言うものに当たりますが、外国語と言うものを別に考えることもあり、たとえば移民がその国の言語を覚えるのは第二言語で縁のない外国の言葉は外国語といった使い分けをするようです。

また、習得ということを論議する際には「言語能力」というものを決めておく必要がありますが、これも一筋縄ではいきません。ぺらぺらとしゃべることか、良い発音で話すことか、語彙能力が優れていることか、ことわざや比喩などを使いこなせるか、母語話者の中ですら多様なレベルがありますが、習得者について考えるとさらに複雑になりそうです。

 

第二言語の習得に臨界期が存在するかどうかということはアメリカやカナダなど移民を多く受け入れてきた国でこれまでも多くの研究がなされています。

それによると、発音などの音声に関わる分野では習得開始する年齢が若いほど有利だそうです。しかし、どうやら発音が第二言語にふさわしいものになっていくと、逆に母語の発音がおかしくなるというトレードオフの関係が見られたそうです。

 

しかし、このような研究が続けられていた中で、研究の基盤そのものの検討も続けられていました。実は習得開始の年齢の比較ということは移民してきた年齢で見るのですが、その後の習得経過の結果を見ると現在の年齢との関連が分析を難しくするそうです。

例えば5歳で開始して10年経つと15歳ですが、15歳で開始して同様に10年たった25歳の人の言語能力と単純に比較できるとは言えません。15歳のまだ少年の言語と成人した25歳の言語はまったくレベルが異なるからです。こういった点を補正しない限り単純な比較はできないということも分かってきました。

 

さらに言語能力を測るというテスト自体も問題を含むものです。テスト実施者の思い込みが強い内容になってしまい、本当に言語能力を測ったのか怪しい研究も数多いようです。

 

とはいえ、言語学習は年齢が早いほど有利と言う一般的な理解はそこそこ満たすような研究結果も多いのは事実です。

しかし、外国語習得に関する最近の研究事例ではそれに疑問を呈するような結果も多く得られています。

先の定義で「第二言語」と「外国語」とは異なるということが言われましたが、その言語に触れる頻度に違いがあり、どっぷりと浸かってしまう移民や留学生の状況が「第二言語」ですが、日本における英語教育は「外国語」教育でしかありません。

そこでは単純に習得開始年齢を下げるだけでは効果はなく、年齢が上でも授業時間数を多くすることで結果は逆転するという傾向があります。

 

さらに音声以外の読み書き能力ということに着目すると、これは「母語の読み書き能力」というものにも大きく左右されます。つまり日本語の読み書き能力の基礎が無ければ英語の読み書き能力も伸びないということで、これはある程度成長して日本語能力が付かなければ英語能力もつかないということになります。

 

さらに指導者の資質というものも大きな影響があり学校外での学習と言うものも大きく左右します。

どうやら幼稚園などでパクパク英語を真似してしゃべる程度のことではとても役には立たないということでしょう。

 

いろいろな動きがある英語教育に関して、これまでの外国語教育全体についての研究成果もまとめながら分かりやすく解説してあったものと思います。