爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

大村智先生がノーベル賞を受賞した業績について補足

北里大の大村先生がノーベル賞を受賞したというニュースは日本中を飛び交いました。(翌日の物理学賞で少し興味も分割されてしまいましたが)

大村先生の受賞の業績に近い仕事を以前私もやっていたということは書きました。

その眼から見るとテレビなどの報道ではその仕事の意味が全く理解できていないようで、的外れな解説ばかりが目立ちますので(非常に僭越ですが)少し補足説明をさせていただきます。

 

まず、土壌中から放線菌を分離したということについて。

「放線菌」と言うもの自体が一般にはまったく馴染みがないようです。

放線菌はカビと違って原核細胞生物と言って大腸菌などのバクテリアと同じグループに属し、細胞構造も同様です。しかし、カビと同じように菌糸を伸ばしさらに胞子を着けてそれが散らばって増殖します。

放線菌は抗生物質を作るものが多く、昔からそれを取る目的で研究されてきました。抗生物質とは元来このような微生物が他の微生物を攻撃するために作り出していたものです。それを人間が取り出して微生物の排除に用いるようになったものです。

抗生物質は異なる種類のバクテリアに作用するのが本来の目的なのでしょうが、ほかにウイルスやカビ、ガン細胞にまで効いてしまうものが見つかっています。これは偶然なのかもしれません。

 

大村先生がエバーメクチンの生産菌を見つけたのはゴルフ場の土だったということが興味を集めているようです。まあどこの土でもあまり変わらないのですが。

ペニシリンが成功を収めた後、世界中の大学・研究所・民間企業が土壌中からの有用微生物の分離と言うことを始めました。多くの微生物が分離され、それが作り出す化学物質が得られましたが、大成功をおさめたというものはほとんどありません。

自分たちの身近なところの土からなかなか見つけられないとなると、手つかずの海外へ採取に出かけるということも広く行われました。熱帯地方などは狙い目と言うことで多く出かけているようです。

また、普通の環境ではありふれたものばかりと言うことで、特殊な環境(乾燥・酸性アルカリ性・高温等々)を探すということもやってきました。

それでも期待したほど新規の微生物・化合物が見つかるということはありませんでした。

まあ宝くじで1等を当てるような偶然と幸運の賜物でしょう。しかし何もやらなければ見つかるはずもなく、地道な努力をずっと続けるだけの意志が必要でした。

 

私がそのような仕事をしていたのももう20年以上も前のことになります。その当時でもすでに土壌探索というものが始まってから50年以上は経っており、どこの土から微生物を取ってもその作り出す化合物は既知のものばかりと言う状態でした。

私はそういった微生物の分離と、得られた菌の学名の同定といったことが担当で、菌が作り出す物質の検討は別の有機化学専門の人達が担当していました。それでもいくつかの新規物質は得られ、一応特許も取得したのですがこれといった展開もなく終わりました。

 

テレビ報道では土の中には1gあたり1億個以上の菌が居て、その中から有用な化学物質を作り出す菌を選ぶのだと言われ、聞いていたコメンテーターが絶句していましたが、もちろん1億個すべてを分離して生産物質を検討するわけではありません。

この辺が頭の使いどころ・腕の見せどころなのですが、微生物の分離条件を操作してやるわけです。

土壌からの微生物分離をする場合、通常は「寒天培地」という固形状の培養基をシャーレに流したものを作り、そこに土壌を懸濁した溶液を少量添加します。そして適温で培養して微生物を増殖させ、「コロニー」と呼ばれる塊にして分離します。

純粋に分離できれば単一の菌の塊となるのでそのあとの生産物質検討に移れるわけです。

しかし、普通にこれをやってしまうと増殖できる微生物はなんでも増殖してしまいます。それでは大変なので絞り込みを行うわけです。

寒天培地に普通では使わないものを使うとか、普通の微生物の増殖は疎外する物質を加え変わったものだけ取るとか、土壌を懸濁する溶液を水ではなく酸やアルカリにするとか、様々な手を使うわけです。

 

こういった作業で得られた微生物の菌株を使い、生産物質の検討を行います。これには様々な「生産培地」というものを入れた試験管やフラスコに菌を入れて増殖させ、生産物質がどのようなものに効果があるかということを調査するのですが、この辺は別チームが担当でしたので説明は差し控えます。

 

このように、これらの作業は非常に単調でまたほとんど得られるものも無いという厳しいものでした。その中でエバーメクチンのように非常に大きな効果が得られる物質を探し当てた大村智先生の功績と言うものは抜群のものであるということはお判り頂けると思います。

それは確かに幸運というものもあるでしょうが、それ以上に地道で緻密な努力が必要であり、それを持っていた大村先生だからこそできたことなのでしょう。