爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「電子書籍の衝撃 本はいかに崩壊し、いかに復活するか?」佐々木俊尚著

ダウンロードして本を取り込んで読む電子書籍や、いわゆる「ケータイ小説」など最近急激に伸びている電子書籍ですが、その解説だけかと思いましたが、著者の佐々木さんは新聞記者、雑誌編集者を経てジャーナリストとなった方ですので、現在の出版界全体の状況まで広く取り上げて解説されています。最近、「ゴーストライター」に関する本も読みましたが、それと併せてみると本の出版というものについての問題点、特に日本の特有の事情なども見えてくるようです。

本書は2010年3月に書かれていますので、アップルのipadが発売されて直後の時期だったようです。そのときにはアマゾンキンドルがすでに販売されており、その後の競争激化が予想されていますが実際はどうだったのでしょうか。

日本の電子書籍状況は欧米に比べはるかに遅れをとっていますのでアメリカでの状況から説明されています。
すでに膨大な量の書籍購入が可能となって居り、その価格もハードカバーの3分の1程度で買えるということで、普及が進んでいます。ただし、その出版に関しては出版社との間で大きな軋轢を生んでおり、最初は既出版本のネットアップについての契約が明記してなかったためにさまざまな問題を起こしたそうです。
しかし、日本においてはそもそも出版時にきちんと契約書を交わすことが少ないためにそれ以前の問題だそうです。

アマゾンの戦略は音楽におけるitunesのものを模倣する形で進められたそうです。これを著者は音楽業界におけるアップルのプラットフォーム戦略と呼んでいますが、アマゾンキンドルはそれとそっくりのビジネススタイルで進めてしまいました。それに対してアップルはiPadによる電子書籍投入に関してはそれとは一ひねりした戦略をとり、アマゾンのホールセール契約という戦略に対してエージェント契約という形で攻め込んでいるということです。
また、グーグルもグーグルブック検索という形で参入してきており、これはいずれは自分のところでの出版という形を目指すということで警戒されているようです。
こういった動きの中で、従来の既出版本は著作権問題が大きくクローズアップされますが、これから出そうとする著作者にとっては電子出版化というのは簡単にセルフパブリッシングできるということで有利に働くということです。
すでに音楽では自分で演奏し自分でアップするという形で活動している演奏家が数多くなっており、本の分野でもその方向になるだろうという予測です。

ここからは、出版界に通じた著者の日本の出版に対する厳しい観察ですが、よく言われるように若い人が活字を読まなくなったから本が売れなくなったとか、ケータイ小説が出てきたので本が売れないというのは、実はまったく事実ではなく、読むものがあれば若い人でも本を多く読むという傾向があるそうです。しかし、日本においての本の出版はくだらない本を数多く出版するという状況が止まらず、読みたい本が無いと言う問題が大きく、ネットでの出版が広まればより良い方向へ出版というものが進む可能性もあるというのが著者の意見です。
日本の出版の特殊性として、再販制度というものは良く挙げられますが、それ以上に問題なのが「委託制」というもので、実は本は書店の買取ではなく販売委託の状態なのだそうです。この動きは早くも明治時代末から始まっており、女性向け雑誌の「婦人世界」というものを発行した実業之日本社が売れ残りは返品自由と打ち出して、それまでの買取制の時代から一気に数十倍の発行数に上げてしまいました。それで雑誌類は各社追随してそのような取引制度になってしまったのですが、最初はまだ雑誌と本との流通は経路も異なり本の方では委託せはなかったのですが、それも関東大震災の後の混乱で同様の流通形態になってしまったそうです。
この結果、本の流通というものは「取次」という他業種で言えば卸問屋のようなビジネスが取り仕切ることとなり、書店が注文するという形ではなくなってしまいました。手配本というのは書店の注文に応じて取り次ぐのですが、そういったものは少数で、大半は「データ配本」というものだそうです。
これは、取次が書店の地域性や特性、過去の販売実績のデータを作っておき、それに従って本の分配を決めて卸すというもので、書店の意見など何も入らずに来た本を並べるだけだそうです。そして売れ残りは戻すだけなのです。

問題は、さらにこの売れ残りの本を引き取る際にその代金をまた返金しなければならないということで、それを避けるために出版社は次の新刊書を発行して書店に押し付けるということをやっています。このために、本全体の売り上げは減る一方なのに、出版点数は80年代に比べて3倍以上に増えているということです。そのようなひどい状況で「出版文化」などというものはないというのが著者の意見です。電子書籍が「出版文化を壊す」という出版業界側の主張もお笑い種ということです。

書物に限らずすべての嗜好が多様化している中で、本当に自分の趣味にあった本というものに出合うということは、現行の出版・流通体制では有得ません。その可能性としてネット上での検索と購入ができれば効率的に自分の好みの本が探せるようになるかも知れないと言うのが著者の期待です。
未来の本の世界というのは、「マイクロインフルエンサー」と言われるような、本を選ぶ際の指標と成るような人々と、それを探し出し、付いていく無数のフォロワーとが作り出すようになるのではないかということです。
自分の好みの「マイクロインフルエンサー」を探し出すまでが大変でしょうが、それしか道はないのかもしれません。そして、出版というものもそれにふさわしい形に変わっていかなければならないのかもしれません。